8月19日 RRB散歩「天橋立〜城崎編」:
その15「城崎温泉湯めぐり碑めぐりその3」

城崎温泉街の散歩です。地図にある数字のある丸は文学碑で、本文でもその数字で紹介。温泉は通し番号でございます」
「前回はの番号のある一の湯、ほぼ中央まで歩いて来ました」

「ということで、大谿川とはしばらくお別れとなります」
「川は温泉街の裏側へ回ります」

一の湯のすぐ向こうにある玉楊飲泉場
「飲めるんですか」
「飲んだ」
「何でもやりますね」
「ぬるくて美味しいものではないな。おかわりは辞退」
「だれがするか」
「まあ、足湯やこうした温泉も随所にあるというご紹介」
「はい」

御所の湯まで215mじゃが、その手前にある四所神社
「提灯がぶら下がって、お祭りですか」
「夏休みは毎日やっている。夜になると屋台が出て、ご当地ヒーローのオンセンジャーも登場するぞ」
「見に行きましたか」
「行きたかったが雨になって……前回紹介した一の湯の碑を撮影して宿に戻ったら、花火が予定通り行われた」
「はい、花火はまた後で」

温泉5……そういう訳で御所の湯に到着」
「ここも立派ですね」
「設備は一番いいな。天空風呂というが、雰囲気も大きさも言うことなしじゃ」
「はい」

碑10……これは御所の湯の前にある西坊千影の句碑」

海の香や御所の湯あみの女から

「これも御所の湯が詠まれていますね」

「こちらは『城の崎にて』を書いた志賀直哉が泊まっていた三木屋という宿」
「窓の所から蜂を見るシーンがありますが……」
「玄関の上で、隣がないというので、写真で一番左側だったのかな……ただ、こちら側は廊下になっていると書かれている」

「これも同じ宿ですね」
「小説の舞台じゃから、あまり改装も出来ないそうじゃ。まあ、ファンにはたまらんじゃろう」
「はい」
「右の写真は碑11……その奥にあるつたや旅館の前にある、司馬遼太郎の碑じゃ」

往昔、当地は但馬国城崎郡湯島村といい、畿内貴顕の湯治場であった。桂小五郎、蛤御門の変ののち遁れてここに潜み、当館にて主人母娘の世話を受けたという。 司馬遼太郎記

「歴史小説の作者らしい文ですね」
桂小五郎はこの後京都に出るが、そこで世話をされた芸妓まつが後に彼の妻となる。面白いのは、まつの同僚に、新撰組の近藤勇の妾になる女駒野もいたのじゃ」
「あら、偶然なんですね」
池田屋事件で偶然難を逃れたは、直後に吉田屋事件で追い詰められる。実はこれは駒野の情報で新撰組が動いたのであり、仲間を助けるために逃げ遅れたを救ったのが、新撰組の前にたった一人で立ちはだかったまつだった」
「ドラマチックですねえ」
「明治になると、彼女は日本で最初の本格的なファースト・レディになるのじゃが……わしは桂小五郎よりも彼女の方が面白いなあ」
「趣味の問題です」

碑12……すぐ斜め向こうにある藤井重夫の碑」

「佳人」に題す
よきひとよ、地上のものは切なくもかななからずや。 藤井重夫

「とある」
「温泉に入ると美人になりますから」
「ということで、またまた次回に続く」
「はい、まだ続きます」

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