11月14日 下妻を行く:その5「大宝八幡宮・建物」
「下妻の大宝八幡宮へ来ております」
「菊祭りから始まりましたね」
「今回は建物をご紹介」
「はい、参りましょう」
「1341年に春日中将顕国(あきくに)が小田原から移ってここに城を築き、南北朝時代の南側の拠点となる。翌々年、北朝の総攻撃に、食料不足と内部の不和でとうとう落城、城主だった下妻清泰も討ち死にした」
「歴史的な場所ですね」
「という今は大宝八幡宮になり、中にそれらの碑が建立されている」
「その碑は省略ということで」
「写真は土俵。宮司が書いた看板が上がっているが、あまり上手とはいえない字。味わいがあるということにしておこうか」
「ひどいね」
「山門」
「なかなか立派な門ですね」
「仁王様は何だか頼りない。写真も省略」
「さあ、奥へ進みましょう」「これは本堂」
「はい」「神楽殿」
「はい……って、もう少し説明はないんですか」
「神楽を奉納した建物じゃ」
「当たり前だよ」「若宮八幡。頼朝が戦勝祈願で作ったもの」
「歴史があるんですねえ」「こちらは大黒様が祀られているが、何と左甚五郎の作」
「あれ、さっきは八幡様で、大黒様もあるんですか」
「十数種の神々が祀られている。探して拝めばどんな願いでも叶うぞ」
「贅沢ですね」
「ということで、建物はこれぎり。次のページではその他の建造物をご紹介いたします」