RRB東京散歩(日暮里〜上野):その10「本法寺」

「さて、かっぱ橋商店街を抜けて浅草通りへ出たが、少し東の方へ行くと、この日のメインとなる本法寺
「はい、地図の黄色い点々がかっぱ橋商店街、赤い★本法寺です」

「こちらは落語寺としてお馴染み」
「はい、この辺りは落語関係も多いですねえ」
「浅草周辺にはお寺も沢山ある。浅草寺の回りだけでも十以上の社寺を廻ることが可能じゃ」
「人出も多いですね」
「しかし、この本法寺はマニアしか来ないからいつもすいている」
「はは……参りましょう」

「回りの煉瓦を一枚ずつ噺家さんなどが寄贈している」
「名前入りは面白いですね」
「赤い名前の入ったお寺の塀はよく見るが、これだけ知っている名前が並ぶのは他にないなあ」
「ないでしょう」

「こちらが碑。左の大きいのがはなし塚、真ん中の小さいのが扇塚、右の灯籠の陰がお伽丸柳一の碑
「では詳しく」

はなし塚。1941(昭和16)年、戦争に向かう時代に、教育上よろしくない作品、酒、妾、郭などを扱った53席を禁演落語としてここに埋めた」
「大変な時代ですね」
「これがバカなのは、当局の命令というのでなく、噺家達が自ら選んだということじゃ。これをきっかけに大衆芸能はどんどん弾圧されることになる。何とも情けないことをしてしまった」
「はい」
「戦後すぐに復活祭が行われ、逆に戦時中の落語台本などが埋められたのじゃ」
「大変ですね」
「噺家さんがはなし塚祭りというのをやる。浅草まで人力車が走るのが毎年評判じゃ」
「はい、皆さんもぜひ」

扇塚は落語家さんの扇を埋めたもの」
「上野の不忍池、弁天様のそばにもありますね」
「あれは踊り扇。後で行ってみよう」
「はい」

お伽丸柳一というのは昭和の初めに活躍した曲芸師らしい」
「らしい……ですか」
「皿回しの絵が描かれているから……右側の縦の線は傷ではなく竿なのじゃよ」
「すごいデザインですね」

熊谷稲荷の由来」
「はい。どういう由来があるんです」
「分からない」
「いい加減だね」

「他に写真の筆塚、山谷なかま塚、江川太郎左右衛門の菩提所などもあるが……省略」
「もう面倒になってきたな」
「次回は上野駅方面に向かって歩きましょう」
「最終目的地は三越前ですよね。ここから地下鉄に乗れば直通ですよ」
「その地下鉄で上野まで2駅。次回は途中の稲荷町駅周辺です」
「乗る気はないね」

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