8月28日 千住・吉原・浅草を行く:その6「首切り地蔵から泪橋へ」

「さあ、北千住を出発した散策……やっと南千住駅前に到着しました」
「参りましょう」
「駅前が昔の千住の仕置場で小塚原(こづかっぱら)と呼ばれる。前のページの続きなのじゃが、写真は首切地蔵入り口
「え、まるで歩道橋ですね」
「その通り。階段はただの歩道橋。ここから常磐線の線路を越えて南へ行くのじゃが、線路に沿って右側に首切り地蔵があるのじゃ」
「怪しい歩道橋って感じですね」

「ここにお仕置場があったという。江戸では品川の鈴が森と、こちら。間口が六十間(108m)余り、奥行三十間(54m)余りとされている。前回の墓地からこの辺りまでがつながっていたのじゃろうな」
「はい。で、上の写真が首切地蔵ですか」
「刑死者の菩提を弔うために作られたもので、1741(寛保元)年に作られたものといわれている」
「さあ、歩道橋を渡って南へ南へと北上し……
「また……それは南下って言うんです」
「何か言ったか」
「洒落かよ……ぼうっとして読んでると気が付かないよ」
「南への大通りをまっつぐ400m。ここが泪橋あしたのジョーでお馴染み」
「本当ですか」
「嘘じゃろうな」
「しょうがないね」

「この辺りからは建築中の東京スカイツリーも見えます」
「このところスカイツリーの見える所によく行きますね」
「写真はちょっと移動した東浅草二丁目からのもの」
「はい」
「さあ、ここから西へ……吉原へ向かおう」

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