1月25日 お江戸日本橋亭

「さて、今年もやって参りました、お江戸日本橋亭」
「ここも行き付けの寄席ですね」
「ただ、今年から顔パスがなくなったのは残念」
「はい、余計なお話で」
「さて、今日は『芸協美女軍団と王様』という……ううん……美女といっても、これじゃあなあ……」
「また失礼な」
「前座は(薄汚い)男ばっかり。まずは春風亭昇也で『子ほめ』。昇太師匠のところの弟子はみんな明るくていい」
「贔屓にしますか」
「さあ、これまでも、前座から注目したのは、桂夏丸君くらいじゃからな。それもネタが珍しいという……二ツ目になって、しばらくしないと価値は分からない」
「まあ、様子を見ましょう」
「もう一人前座で春雨や雷太夏丸君と一緒に勉強会もやっている。今日は『転失気』。最後の医者と坊主のやり取りが実に見事で、双方が違う物を思い浮かべながらちゃんとかみ合った」
「ということで、ここから顔付けに出ている人。橘ノ双葉
「わしの住む取手に2回も来てくれた。ちょうど二ツ目になった時期だったので挨拶もしたが……」
「が……って何です」
「さっきと同じこと。二ツ目になったが、まだ真価が分からない。客への気遣いとか、人間的には素晴らしいものを見ているのじゃが、落語はまだまだ正直下手」
「きっぱり言うね」
「でも、兄弟子、前の双葉だった円満がしばらくしてから急成長し、今は注目の噺家なのじゃ。もう少し見守って行こう」
「はい、今日はこれぎり」
「わしのギャグを取るな。今日の出し物は『饅頭怖い』。言葉を大事にしているな。それにリズム感、テンポが伴うと、本当に面白くなると思うのじゃが、今はまだ勢いを感じない」
「はい、続いて桂右團治
「今日はこの師匠の2席。まずは『雛鍔』。子供が憎らしくっていいな。女性が演ると、自然に可愛くなる。落語に出て来る子供はませていて、憎ったらしいが、それでいて可愛いと思わせなければならない。『初天神』で、本当に嫌なガキだという感じで演じる噺家がいるが、それでは聞いているほうも嫌な気持ちになるばかりなのじゃ」
「はい、すると、今日のはいい出来ということですか」
「いい。主人公の職人、植木屋が女房にお屋敷の話をする。お屋敷の侍の台詞がちゃんと使われる。それから隠居が来て話をするが、この隠居と植木屋の言葉もいい。植木屋が夫婦の会話を説明するのじゃが、そこで本当に植木屋と女房の台詞になる。これは理屈からいえばおかしいのじゃが、みごとにはまった。それぞれの台詞回しが、生き生きと人物を作り出したのじゃ」
「さて、仲トリは柳家蝠丸
「この人が王様ということかな……貧弱な王様じゃ。出し物は何と『死ぬなら今』。かなり珍しい噺。30年ほど前に、春風亭小朝が、誰も演らなくなった作品を発掘するという番組で挑戦したが、あまりいい出来とも思えなかった」
「難しいんですか」
「というより、面白くないのじゃろうな……後のインタビューで、二度と取り上げないかも知れないと言っていたが、演ったかどうか……」
「面白くない噺をどうするんです」
「地噺といって、演者が話すのが多いネタじゃから、脱線するところで聞かせるのじゃな。地獄の歓楽街の描写などが生きていた」
「良かったですか」
「ううん……蝠丸師匠らしい、飄々とした雰囲気で進むから、もう一つアクセントは欲しいと思うが……まあ、今日は珍しいものを聞かせていただいたということで」
「はい、食いつきは橘ノ杏奈
「お相撲さんのような美女。実は、いつもすれ違いで、噺を聞くのは今回が初めて」
「ええっ……芸協で、そんな人がいるんですか」
「80数人の真打がいる中で、先日亡くなった春風亭栄橋師匠……これはご存知の通り、パーキンソン病で1985年以降高座に立てなかったから聞かないのは当たり前。それ以外には彼女だけだった」
「ううん……縁が無かったとしか言いようがありませんね」
「出し物は『宮戸川』。昨年鈴々舎馬るこが演ったのと同じように、草食男子と肉食女子。」
「二人の演出は偶然でしょうか」
「そうかも知れないな。でも、杏奈が演ると説得力があるな。最後に半七がお花に迫られるシーンなど、本当に面白くなる。気が付いたらお花に手ごめにされていたという風に進むと面白いかも」
「はい、今後の課題ということで、太神楽鏡味初音
「これも怪しい美女。写真は昨年のお祭りで昔昔亭桃之助君と共に司会を務めたときのもの。この話し方に慣れてきた自分が怖い。五階茶碗と傘。危なっかしいのは演出じゃろうか。ハラハラさせるのがお見事」
「変なほめ方」
「ほめるといえば、お囃子さんの音楽がすごく良かった。芸を盛り立てるなあ」
「さあ、トリは右團治師匠の2席目」
「『二番煎じ』。まず集まって来た時の寒さ、表へ出た時の寒さ、戻ってから火を起こす時の寒さ……それを実感させる素晴らしさ」
「実感ですか」
「暖房が入っているのに、おお、寒いという雰囲気になるぞ。見事じゃ。寒い芸が素晴らしいというのも面白いな」
「変な説明」
「もちろん人物もいいかそれが生きる。それぞれの人物の酒の飲み方、肉の食い方……いやあ、うまそうだった。そして最後の見回りの役人の飲み方、食い方は全く違う。酒も肉も冷めているのじゃ」
「なるほど。説得力がありますね」
「ということで、右團治師匠の素晴らしい芸を堪能して帰ったという次第……ちょうど、この日の読売新聞夕刊に写真入りで出ていました」
「はい、本日はこれぎり」

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