9月6日 上野広小路亭

早朝寄席に続いては上野広小路亭へ」
「今日のお目当ては」
「若手落語家。来年5月から真打になることが決まった2人が登場するから、何としても行かねばならぬ」
「落語決死隊だね……じゃあ、参りましょう」
「実は早朝寄席の後すぐ入ったので余裕があったはず。それが前座2人で、席についたらすぐに出囃子が鳴り出した」
「一人目の前座は」
桂翔太で『英会話』。すっかりお馴染みのネタになっているな。明るさはいいが、これから勉強という子なので、まだまだ」
「続いては」
春雨や風子の『真田小僧』。小憎らしい小僧が、女性の演者だと可愛くなってしまうな。これは一つの方向性を示しているかも知れない」
「では、顔付けに出ている人に参りましょう。まず雷門花助
「いつもの小学生プロポーズ事件から入って、珍しい『猛犬注意』へ。これは子供の頃に聞いて以来かな」
「へえ」
「すっかり忘れていて、タイトル一覧にも入っていないが、始まって全ストーリーが頭に浮かんできた」
「そういう時にしか働かない」
「路地を勝手に利用する人が多くなって、熊さんが犬の鳴き声で撃退するが、酒を飲んで失敗する。このだんだん酔っていくのが面白かった。子供の頃聞いたのはかなり省略されていたのじゃな」
「面白かったってことですね。さあ、期待の来年真打、1人目は三笑亭可龍
「本当に期待できそうじゃ。この1年外れがない。今日も『締め込み』を、愛し合っているから喧嘩が激しくなる夫婦、飛び出すお調子者風な泥棒、これが実にいいテンポで進んだ」
「いいのばかり続きますね」
「そう思うが、客席一番前に、嫌がらせをする客がいて大変じゃった」
「あら……そうなんですか」
「まあ、わしも早朝寄席では面白くない人に後ろを向いたりしたが、この人はもっとすごい……演じている最中に本を読むのじゃ」
「何しに来ているんでしょう」
「だから、嫌がらせじゃろう……落語のファンではないようで、色物は聞いている。後半になって、漫才の京丸・京平に注意されてやっとやめた。そんなに嫌なら寄席に来なければいいのにね」
「はい、次は色物だからいいのかな。一矢
「お馴染みの相撲漫談。日本人は弱い、横綱は総見で元気が無いと、ちょっと暗い話題が多かったのは仕方のないところ」
「はい、春風亭柳太郎
「『カレー屋』という、自作かな……カレー屋が出来たというので行くと、この主人が同級生。いかにも怪しい品ばかりなのに、雑誌取材が来ると、すぐ協力してしまう主人公がおかしい」
桂幸丸
「『野口シカ物語』をたっぷり。次の太神楽にアクシデントでもあったのかな……堪能させる一席だった」
「このページではお馴染み、夏丸君の師匠ですね」
「実は、この噺もテレビラジオで何度も聞いたが、面白いとは思わなかった。寄席で聞くと実に素晴らしい。メリハリ、泣かせるところ、笑わせるところのツボも……やはり本物はすごいということで」
「はい、鏡味初音
大神楽八千代とのコンビなのじゃが……一人では締りがないな。それで幸丸師匠が伸ばしたのかな。五階茶碗で、房が落ちるという珍しいアクシデントも……房一つでもバラスが微妙なのがよく分かった。まあ、よく頑張りました」
「ほめていないな」
「そうでもないぞ。最近このかったるい語りにも慣れてきたし……」
「仲トリは三遊亭小圓右
「この人らしい軽い調子で会話が進む。心地よいがアクセントがほしいな。出し物は『酢豆腐』、最近は『ちりとてちん』が多いが、比べると江戸の粋、落ちのセンス、格段にいいのじゃが……笑えればいいというので『ちりとてちん』人気なのじゃ。落ちがひどいというのは40年も前に圓生が指摘している」
「上方落語がドラマにもなりました」
「NHKらしい時代遅れのドラマじゃったな……NHKの宣伝では『ちりとてちん』が上方の傑作で、東京にも移籍されて『酢豆腐』になっているなんて書かれていたが、実はまったく逆で、『酢豆腐』を柳家小さん(3)の弟子の小はんが改作したものが上方に移入されたもの。最初は東京落語とほぼ同じストーリーだった。それを小さん(5)が逆輸入して広く演じられるようになったが、東京ではなぜ『ちりとてちん』なのかという題名の由来が消えてしまっているな」
「はい、大家さんの『酢豆腐』論議でした」
「本日はこれぎり」
「大家さん、小圓右師匠は……」
「あ、そうか、また忘れちゃった」
「しょうがないね」
「ともかく、らしい調子で若旦那を呼び入れるが、この調子が妙に若旦那に合ってしまっておかしくなった」
「みんな同じような調子なのに……ですか」
「やはり、同じではないのじゃな。この若旦那の描写で納得の一席でした」
「はい、後半に参りましょう。食いつきは春風亭鹿の子
「これも来年真打が決まっている期待の女流。出し物は『動物園』。面白いのは、大筋は変えていないのに、随所に独自のものを加えているということじゃな」
「たとえば」
「動物園にいる動物がトラウマだとか、取材陣も来ているとか……さすがじゃ」
「はい、東京丸・京平
「お馴染みの酔っ払ってるのかって漫才。新しいネタなんて言うが、やっていることは十年一日……まあいいか」
三遊亭とん馬
「『替り目』。人力から家に入るというつながりの部分がスムーズでない演者が多いな。自分で戸を叩くというだけで、これを解消していた。女房が出て行った……と思ったところから、酔って下を向いているから、これも説得力がある」
雷門助六ですが」
「トリに回って、代演に春風亭柳橋師匠。『お見立て』を演じたが、最初から死んだことにするというので、無駄が削除されてすっきり」
マグナム小林
「ヴァイオリン漫談。これもお馴染みのネタで、タップダンスも。今日は本人が『アンコールにお答えして』ってんで『天国と地獄』までやったので、『ブラボー』しかないね」
「すると、トリは雷門助六
『急にトリにされちゃった』ってんで『今日は10分くらいでもいいって許可をもらっている』と言う。『たっぷり』って声を掛けたら『最近疲れてたっぷり出来ないんだよ』って応対してくれた。そんなこんなでネタに入ったら、何と『火焔太鼓』。志ん朝師匠が亡くなって、色々な人が演じるようになった」
「遠慮していたんですか」
「そうじゃ。志ん生が完成させて受け継がれたというのじゃからな……教わってもとても演じられるものではない」
「じゃあ、志ん朝が亡くなったので……」
「実に多くの人が演じるようになった。わしも10人くらい聞いたかな。申し訳ないが、演じ手が死ぬというのはさびしいが、反面こうして新たな挑戦を生み出す糧ともなる。落語界はこれで終わりだなんて断言する評論家がいたが、何をおっしゃいますやら……どんどん若い者が受け継ぎ、新しいものを生み出す……栄光の落語界は永久に不滅です」
「何だい、それ」
「まあ、そういうことで、落語の更なる発展を願って、ご挨拶とさせていただき、本日はこれぎり」
「結婚式だね……大家さん、助六師匠の一席は」
「え……あ、そうか、また忘れちゃった」
「しょうがないね」
「色々な『火焔太鼓』が今ある訳じゃ。わしの聞いたのでは完全に新しい世界にしてしまっているのが林家彦いち。『落語への招待』という雑誌で、付録についているはずだから、今でも聞ける。これは志ん生が作ったものとは全く違う新しい創作」
「へえ」
「それに対して助六師匠は、完全に志ん生のものを踏襲」
「じゃあ、目新しさはない」
「いやいや、それでは演じる意味は無いじゃろう……特に夫婦のやり取りが新しい世界を構築していたな。包みを出されて同じ台詞、小判を数えるのに同じ台詞……ところが水を飲んだりするのがテンポがずれていて、亭主が叱る……このように、随所に他と違うものが入ってくる。やはり聞き比べの面白さ……ナマで聞く落語の醍醐味じゃ」
「はい、そういうことで」
「大変結構な一日でございました」

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