9月14日 早朝寄席(上野鈴本)

「さて、落語三昧のその1」
「はい、参りましょう」
「朝起きたのがちょうどテレビの……テレビはもともと詰まらない。その上喜久扇の『湯屋番』……ちっとも面白くないな……なぜかも分かっているが、師匠に失礼なのでここでは省略」
「はい、その後に行きましょう」
「まずは上野鈴本の早朝寄席
「何度も通っている寄席ですね」
「二ツ目の勉強会じゃ。わしの記録では6年以上通っている。きちんとメモを取るようになったのが2002年じゃ」
「思い出の席ですか」
「現在すごい人気者が出ているのに、当時客が3人というのも体験している。主演者が4人じゃから、喧嘩をしたら負けたな」
「そんなこともありましたか」
「2002年の頃も、普通10数人、30人を超えるとすごいって……」
「そういう時代だったんですね」
「今日の出演者、まずは月の家鏡太の『代書屋』。大いに受けていた」
「良かったんですね」
「いや……正直、ちっとも面白くなかった。代書屋が最初から客を見下している。いくらバカな客でも、お客様ではないか。『代書屋のもうかった日も同じ顔』という川柳からのつながりじゃろうが……無愛想なのではなく、バカにしている。これはいただけない。笑えればいいというものではなく、やはり人間関係をしっかり作らないと……」
「この勉強会では前にも同じようなことを言っていましたね」
「そう。大家と店子との関係で、全くそれを感じられない演出があった。この二ツ目の会は、この手の未熟さが見えるな」
「それでも受けていた」
「だから、未熟なまま真打になる人が出るのかも知れないぞ」
「はい、続いては春風亭栄助
「真打ち昇進おめでとう。今度百栄で真打になる。それだけに客席からの声援も大きい」
「落語の方は」
「マクラが面白かった。初期の早朝寄席をネタにして、メモを取る客同士のライバル心を見事に描いた」
「はい、本編は」
「この鈴本で初高座を勤めた思い出の『道具屋』。さすがに年季は入っている」
「良かったですか」
「まあまあかな。初高座というだけに前座噺で、それほど人物の描き訳も必要としない。しかし、前座と違うのはテンポもいいし、別に悪いところはない……」
「また、歯切れが悪いですね。何かあるんでしょう」
「さっきと同じ、客が受ける、受ける……何でもないちょっとしたくすぐりでも大笑い、正直、見え見えのギャグにも大爆笑……それどころか、『縁は異なもの味なものと申しまして』って台詞にまで笑う人がいる……正直、何かずれている。最近、この鈴本には笑えばいいというお客さんが多いような気がしてならない」
「落語って笑うものでしょう」
「最近、そこに悩んでいるのじゃ」
「次へ行きましょう」
柳亭こみちの『風呂敷』。全体は上々」
「ほら、また……何か引っかかっていますね」
「同じ調子の台詞が続いて一本調子になる。それから江戸言葉を使う中に新しい調子が入って違和感を感じる場面も……まあ、そのくらいなのじゃが」
「普通の人はどうでもいいんじゃありませんか」
「そうじゃな……客を呼んで満足させていればいいのじゃから……今までの演者はみんな大爆笑、大拍手……それでいいのじゃろう。しかし、それでは本物の『芸』はすたれてしまうな」
「本物ですか……分かる人が少なくなって行くでしょうね……」
「だから悩んでいる。多くの人が来るのはいいが、こうした安い落語会で笑えればいいという客が多いような気がして……本当にいい演者の素晴らしい人情噺に拍手をして、『ちっとも笑うところがないのに、何が面白いんですか』って聞かれたことがあった」
「ううん……難しいですね」
「そう……さて、今日はそういうことで今度真打になる人が2人も出ている。真打昇進の寄席の6分の1の値段で入れるから、今日お客さんが来るのも分かるが……何と立ち見まで出る大入り」
「さあ、トリに行きましょう」
三遊亭歌彦。21日から歌奴になる。この人を早朝寄席で認めたのは2003年の8月10日」
「日付まで覚えていますか」
「ちょうど円朝祭りの日だった。早朝寄席を見てから全生庵まで歩いていった。歌彦は『子別れ』を演じた。新しい演出をしていたが他に聞いたことがないので、祭りで聞いたら自分で工夫したものだという……ううん、うなってしまったな」
「これは本物ですか」
「その前にも聞いていたはず。2002年にも写真を撮っている。しかし認めたのはその時じゃ」
「さて、今日は」
「出し物は『試し酒』。これぞ本物の芸じゃ」
「あら、ほめますね」
「二人の旦那の風格。主人公の下男のいかにも山出しの雰囲気、言葉は悪いがちゃんと旦那に気を遣っている……その関係が大切なのじゃよ」
「人物を描ければいいんですか」
「いや、それから物語の展開も……酒の飲み方、1杯目と5杯目は一気飲み、2杯目と3杯目は話をしながら……4杯目は様子を見ている主人の方の描写で見せる……まず単純きわまりないその飲み方の差がある。そして、2と3は酔い方に差が出ている。1と5の一気飲みも全く違う世界……拍手をしたら、客席では一人も応じない」
「あらら」
「分からないのかなあ……しかも隣に座った客は、落語を知らないのだろうが、演じている最中にちらし等を開いてみるような場知らず……」
「悪いのは客ですか」
「前にも言ったが、マナーも知らない客が増えた。浅草がドサ金ナンバーワンだったが、ここも負けなくなったかな」
「言い方がひどいね」
「まあ歌彦の芸に大満足の一席でした。客席もまともな雰囲気で、場違いな笑いが消えた」
「はい、今度歌奴になる人ですね……覚えておく価値がありますか」
「そう。先々代の歌奴(2)、今の圓歌(3)は『授業中』などの新作でとてつもない人気を誇った。先代(三代目)はそのプレッシャーに負けず古典を見事に演じた。軽い調子が何とも言えない見事な世界を構築した。2004年4月に亡くなった」
「そして、この歌奴が4代目」
「これはきっと落語界を代表する本格派になってくれると思う。もちろん、この精進を続ければじゃ。もし、モノにならなかったら、そういうこと……わしも二度と落語については語らないことにしよう」
「はい、皆さんはそちらを期待しないように」

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