9月14日 上野広小路亭

「さて、昨日の続き……早朝寄席の客がどうもおかしい……疲れ果てて、上野広小路亭へ」
「あれ、早朝寄席鈴本演芸場ですね」
「そう、歩いて2分、約150m」
「ハシゴですね」
「今日は更にこの先にある本牧亭黒門亭もいい番組があって、本当は4段ハシゴに挑戦したいところじゃ」
「無理無理」
「そういう訳で、お昼とビールを用意して、広小路亭で宴会ということに……」
「また顰蹙ものですね」
「上がって挨拶をすると、すぐに開演。前座は柳亭ち太郎。子供のような印象だが、大分成長が見えるようになってきたな。出し物は『饅頭怖い』、人物を描き分けて、なかなか見所があるぞ」
「はい、お褒めの言葉あり。続いて、顔ぶれに出ている人ですね。笑福亭和光
「『桃太郎』を演じた。導入から後半まで丁寧で、父親の感心も、寝てしまうのも、全てに説得力があった」
「いいですね」
「客がまだ10人くらいしかいなかったのに、手を抜かずにきちんとやっている。これが大切なことじゃよ」
「はい。春雨や雷蔵
「マクラに『電話の蕎麦』(仮題)を演じて、『浮世根問』」
「珍しい演目ですね」
「きちんと手順を追って、本当の落ちまで行った。わしも落ちまで聞いたのは初めてじゃ」
「それは珍しい。その言い方はもちろん良かったという雰囲気ですね」
「そう。素晴らしいな」
「次は京太・ゆめ子
「お馴染みの漫才『ご両人』と声を掛けたら、『あら、お久し振りですね』と向こうから挨拶をされてビビッってしまった。しょうがないから手土産を渡した」
「用意していなかったですか」
「予備を必ず持っているから……」
「しょうがないね。瀧川鯉之助
「『家見舞』。こういう落語は品良く演じるのが大事で……この前の早朝寄席で話題にした、先代の歌奴が、ラジオ放送でこれを演じた。それが飄々としていて、ちっとも汚くなく演じた。不思議じゃな。この食べるシーンなど、見るに耐えないはずなのに」
「それが品ですか」
「そう。それがきっかけなのかどうなのか、それは分からないが、今はみんな品良く演じている。鯉之助もいい出来じゃった」
「はい」
「ここで客が入ってきて、京太・ゆめ子鯉之助も、応対していた。いかにも寄席の雰囲気で良かったが……」
「何か引っかかっていますか」
「入った人がぐずぐずしていて、落ち着かない。出し物はもしかするとそのためのものかって……」
「考え過ぎでしょう。次は三遊亭金遊
「『小言念仏』。この辺りで満員御礼。新しく来た女性客が笑う笑う……」
「あれ、早朝寄席と同じ雰囲気になってきましたか」
「いや、ちゃんと、まともな所で笑っている。全体の雰囲気も盛り上がってきたね」
「はい、Wモアモア
「お馴染みの漫才じゃ。うまいなあ。弟子のナイツもネタにしていた」
「はい、仲トリは古今亭寿輔
「目の保養の時間……でお馴染みの師匠。いつものように、さっき話したよく笑う女性客をネタにして……」
「『まだ何も喋っていないのに、なぜお笑いになるんです』……ですね」
「まあ、その調子。ところが、出し物は『文七元結』。笑いまくった客席をビシッと締めた」
「すごいですね」
「実は放送などでこの人は嫌いだった。それが、ナマで見ると客席の雰囲気をよくつかんでいるのじゃ。すっかり感心してしまった。顔はどう見ても変質者、着物は熱帯魚という、お馴染みの……」
「また失礼な」
「しかし、芸は本物なのじゃ。だから、妙ちきりんな落語を演っても面白い」
「はい……でも、『文七元結』って長い噺ですよね」
「そう。文七が主人から説諭されるところで終わった。残念……て、先日聞いているからいいのじゃが……『続きは次回』と言っていたが、今日演ったのかな……」
「さあ……仲入りです」
「ここで楽屋に挨拶。前座ではなく鯉之輔君が応対してくれた。申し訳ない」
「はい、食いつきは神田紅
女流講談で『延命院日当』の序。初めて聞くネタだし、ストーリーも面白いのじゃが……」
「何か引っかかりますか」
「ファンの人がいて、『待ってました』『たっぷり』までは許せるが、最後の『日本一』とかは……まずくはないが、これが日本一かい……あまり大袈裟なかけ声はどうもいただけないな」
「はい。松旭斉八重子
「これもお馴染みのマジック。今日は色々ネタばらしも……客席では感心しているが、まあ、実はよく知られているネタばかりじゃが、いい雰囲気にしてくれた」
桂平治
「文句なし、いいねえ……しかも出し物が『麻暖簾』、もちろん知っているが、初めて聞いた。メルマガで粗筋を書いたものの、違和感があった部分を全部説明してもらったという雰囲気じゃ……超納得」
橘ノ圓
「この人もいいねえ……入院、手術から、病院の話……要するに漫談だったが、年季の入った人だから聞ける。若手がこれをやると、本当に世間話に終わってしまう」
「はい。さて、続いては春風亭美由紀
「……実は、内緒じゃが、彼女が出ることは知らなんだ。林家今丸師匠をお目当てに今日は来て……」
「あらら」
「それで、もちろん今丸師匠用の手土産を……」
「あ、せこい……」
「シーッ……内緒じゃよ」
「もう読まれているかも知れませんよ」
「う……ヤバイな……」
「それで、美由紀ちゃんは」
「そう、三味線漫談。英語も交えて歌、踊りもあって、いいねえ。本格ですよ」
「良かったですね」
「実はさっき言った通り、今丸師匠目当てだったので、美由紀ちゃんでなかった帰ったかも……」
「しょうがないね」
「それで、終演後、わざわざお見送りをしてくれた」
「いいですね」
「日本髪にシャツという姿に笑って、早々に失礼した」
「また失礼な……あ、本当に失礼したんですね」
「まあ、そういうことで」
「トリは桂南なん
「『中村仲蔵』をたっぷり。顔を見ると『ああ、こんな顔だから噺家になったのか』というくらい……」
「また失礼な」
「失礼なことに、わしもそれが第一印象じゃった。それが、芸の世界では……ううん、芝居の描写も、人物の心理の動きも素晴らしい……刀の鞘がちょっと混乱していて、デザインにミスがあったが、そんなものは枝葉末節に過ぎない、と納得させる芸じゃ」
「ほめまくりですね」
「今日の席はすごかった。これだけ最初から最後まできちんとした芸を見せる落語……色物が本当に息抜きの役割を果たしてバランスが取れている。言うことなしじゃ」
「すごいですね」
「まあ、午前中の早朝寄席が、超満員なのに、満足出来ない席だったから、その反動もあったかも……」
「素直じゃないね」
「ともかくも、不満な演者が一人もいないという、大変に珍しい席になりました」

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