お江戸日本橋亭 7月23日

「5月以来のお江戸日本橋亭、今年2回目でございます」
「行きつけの寄席にしては回数が伸びませんね」
「月末の平日だけなので、なかなか予定が合わない。東京に出張をして、勤務先の本部からこの寄席までたった10分。出張って、これがありがたい」
「しょうがないね」
「そういう訳で、5時半の開演には余裕で到着するはずじゃったが、出発がちょいと遅れ、開演12分前の到着となった」
「それでも余裕ですね」
「でもないぞ。テケツを通過して楽屋へ土産を届け、トイレでも行っていると、すぐに開演じゃ」
「それで、今日の出演は」
「前座、春雨や雷太の『狸札』、狸がちょっと人間的すぎるかな……でも上々の出来じゃ」
「前座としては、ですか」
「いや、もう少し高い評価をしておる。一般の成績でBはつけられるぞ」
「続いては」
「もう一人前座で、瀧川鯉八の『転失気』。これはもともと面白い作品で、転失気の正体が分かった途端に客席がほんわか、にこにこという世界に変わる」
「いい感じになるんですか」
「そういう作品をどうしてここまで詰まらなく構成してしまったのじゃろう」
「あら」
「余計な台詞を何度も繰り返す、そのくせ肝心のストーリーの基本を壊している。前座でなかったら後ろを向くところじゃ」
「はい、続いてプログラムに出ている人ですね。橘ノ圓満
「前座時代は正直ひどかった。二ツ目になってからずいぶん良くなったな。最近伸びたと感じるナンバーワンじゃ」
「ずいぶんほめますね」
「まあ、スタートラインが低すぎたから……」
「あらら」
「出し物は『青菜』、前半のいい雰囲気、後半との関連、良かったぞ。時代が新しいらしく、明治の雰囲気を感じさせる演出じゃった。マクラで『庭に水』の和歌を忘れてグルグル戻るのも面白い」
「あれ、さっきは余計な台詞を何度も繰り返すってけなしていましたよ」
「質が全く違うのじゃ。本当のど忘れじゃから、きちんと構成されている訳ではないじゃろうが、それをちゃんとした形でくすぐりにするから面白い」
「はい、続いて神田蘭ちゃん」
「二ツ目昇進おめでとう。左は、昇進祝いの手拭いでございます。手拭いそのものは右下に。という名前を漢字や平仮名で染め込んだ、なかなかのものじゃな」
「それで、出し物は」
「『海賊退治』、海賊が現れ、荒武者が立ち向かうが、多勢に無勢、そこへ若侍が助太刀に加わる。話そのものは面白くないが、色々加わっていて……」
「そこそこの出来ですか」
「まあ、面白く語っているから上々としておこう」
「仲トリは桂歌助師匠」
「今日のお目付役……そう、今日は二ツ目勉強会なのじゃ。出し物は『子別れ』、マクラを一切カットして、木場へ向かう途中の会話で夫婦別れの経緯を説明、いい雰囲気を作った。感情はもう少し抑えた方がいいかな……これは私の好みの問題。呂律の回らないところがあったり、あまりいい出来には感じられなかったが、やはり真打の風格かな、他の演者とはちょっと違うというところを見せつけた」
「はい、仲入後の食いつきは、お馴染みの桂夏丸君」
「今日のメインは、彼の応援。『おすわどん』を演じた。マクラからよく客をひきつけて、なかなか見事な高座だったぞ。落語に入ってからの口調も、歌丸調が残っているが、夏丸調になっている部分も感じられるし……まだ磨かれなければならないが、十分に聞き応えもあった」
「上出来ですね」
「『転失気』で正体が分かってから客席が明るい雰囲気になるということを説明したが、この噺でも同じことが起こるのじゃな。それが実感出来たのは大きな収穫じゃ」
「はい、やなぎ南玉曲独楽
「今日は新しい芸を見た。いつもの真剣白刃渡りの後、5つの独楽を板に乗せ、指定の1つだけを回すというものじゃ。ううん、すごいな」
「トリは春風亭笑松
「『死神』に挑戦。主人公のキャラクターと死神の描写はなかなか。最後の蝋燭の場もいいのに……なぜあんな落ちにしてしまったのじゃろう」
「あら……落ちが違うんですか」
「主人公が助かってしまうのじゃ。それで、『死神様には、足を向けて寝られません』という……これは足元に死神がいればその病人が死ぬということから作ったものじゃろうが、せっかく最後に緊迫感を作り出したのに、それを緊張の緩和で落ちにするのはもったいないな」
「でも、それが落語らしいじゃありませんか」
「そうなのじゃ……ただ、これでは死神とこの男の関係は何だったのだろう……まあ、また考える材料を与えてもらった。蝋燭をくしゃみで消す、ほっとしたため息で吹き消す、死神が『生まれ変わったんだな、おめでとう』というので、思わず目の前の蝋燭を吹き消す……色々な演出を見た」
「本当に工夫していますね」
「しかし、わしには折角生み出した緊張感を壊さずに落ちにしてほしいな……圓生が百席で録音したのは面白い音の演出をしている」
「これも貴重」
「わしの見た中では2003年8月20日のさん喬師匠は忘れられない。終わったので拍手をしようと思ったら、死神の笑い声が不気味に聞こえ始める……あれっと思うと、それが再び大きくなって、笑い声の中で緞帳が下りる。すごいなと思った」
「はい、色々な演出、色々な考えが重なる世界でございます」
「ともかくも、十分鑑賞に堪え得る二ツ目勉強会でした」

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