7月5日 コルネリア・ヘルマン演奏会

「毎日忙しいですね」
「今日はちょいと事情があって、埼玉へ……用事が済んだ後、近くでヘルマンさんの演奏会があるというので参加した」
「本当はこちらが目的でしょう」
「ま、そういうことで……」
「どういう方なんです」
「オーストリア、ザルツブルク出身のピアニストじゃ。2000年の5月、ザルツブルク・モーツァルト室内交響楽団との協演で、モーツァルトの協奏曲を演奏した。その時、わしは裏方でお手伝いをして、彼女と愛し合うように……」
「え」
「いや、意気投合して……」
「それならまだ許せる」
「それでその後、日本での最終公演だった上野の文化会館に招待していただいた経緯がある。その時は楽屋口を知らなかったもので……ドレスを見せようってんで着替えずに待っていていただいたって後で聞いて……へ、どうも済みませんな」
「また、ブログを私的に使っているな」
「そんな訳で、いつかご挨拶をと思っていたのが、どうも演奏会情報が入っても行くチャンスがなくって」
「それが今日はたまたま行ったら近くでってことですか」
「縁があるようで、うれしいなあ」
「向こうには迷惑でしょうが……」
「さて、今日の演奏会、最初の曲はバッハパルティータ第2番
「これは」
バッハが作品1として出版したもの。続いてシューマンの『アベッグ変奏曲』、アベッグさんという人の名前をそのまま音階に直したメロディで変奏曲を作ったもの。実はこれも作品1」
「それをねらった演奏会ですか」
「そうらしいな。前半の最後はメンデルスゾーンの『厳格な変奏曲』」
「これも作品1」
「いや、作品54」
「あら、急に増えましたね」
「実は『パルティータ』にはもともと『変奏曲』という意味があるのじゃ」
「へえ、そういうつながりってことですか」
「そう。前半はそういうことで、女性らしい繊細さを失っていない演奏にほっとした」
「感想はそれだけですか」
「後半はベートーヴェンの『なくした小銭への怒り』から」
「何です、このタイトル」
「落っことしたコインを追っ掛けるイメージらしい。これが、ちょっとメロディがたどたどしかったり、ユーモアあふれる演奏だった」
「そういう曲なんですね」
「いや、この曲で思わず笑ったのは初めてじゃ。実に素晴らしい解釈と演奏がマッチした傑作じゃな」
「お見事ってことですね」
「続いて、武満徹の『フォー・アウェイ』。さっきとは全く違う、深い心の奥へ誘い込まれるような作品じゃ。すっかり世界を変えてしまった」
「変わるのがすごいですね」
「そこに違和感があると、客は付いてこないからな……落語と一緒じゃ」
「一緒にするなって言われそうですよ」
「さて、曲が終わると、譜面台を倒して、間髪を入れずにベートーヴェンの『月光』に入った」
「連続ですか」
「まだ、最後の音の余韻が残っているのに、じゃ……それが見事につながって……第2楽章、第3楽章と、この曲の構成の面白さが余計に強調されたな」
「何だかすごい世界ですね」
「一つの曲は一つの世界じゃ。それを組み合わせて新しい世界を構築するのは、優れた演奏家の力量じゃ」
ヘルマンさんはすごいってことですか」
「そうじゃな……昔の演奏会で、調律したばかりのピアノの音がおかしいって言って、調律の方がまだ残っていたので確認をお願いしたら、調律の後冷房が入って半音の10分の1位狂ったのだって説明されて、ううん、すごいなって思ったものじゃ」
「音を大事にしているんですね」
「アンコールにメンデルスゾーンの『無言歌』から2曲……その後ご挨拶して、CDにサインをさせた」
「させたってのが、大家さんらしいですね」
「彼女の日本贔屓は有名、日本語も達者で、餡蜜が大好き……今回わしの住む町においしいお店がないので、詰まらない和菓子で失礼……」
「はいそういうことで」
「大満足の演奏会でした」

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