7月4日 いずみシンフォニエッタ東京公演

「さて、今日は演奏会だったのじゃが……」
「何かありましたか」
「あったあった……まず、理由不明で電車の遅れ。18時21分には着くはずだったのに、会場に入ったのは開演の19時ちょうど」
「大変でしたね」
「今日は2つの室内交響曲がメインになっている。最初の曲はジョン・アダムスの『室内交響曲』、1992年の作品」
「いかがでしたか」
シェーンベルクとアメリカのアニメが融合した曲で……」
「え」
「まあ、彼の世界はよく分からない」
「現代音楽は分からないですから」
「それは偏見じゃな。今同じ時代を生きている人の作品なのじゃから、分からないはずはない」
「でも分からないって言ったでしょ」
「そう。その人の感性もあるから……どんな作曲家でも、当時は前衛だったのじゃ」
「はい、次の曲は」
「舞台準備のため、作曲家の西村朗と指揮の飯岡範浩の対談」
「あら」
「曲についての色々な説明があって、準備は整った」
「さあ、2曲目は」
ヒンデミットの『木管、ハープとオーケストラのための協奏曲』、1949年の作品。これが今日のお目当て。
フルート安藤史子、オーボエ大島弥州夫、クラリネット高松知己、ファゴット東口泰之、そして、ハープはもちろん!」
「我らが内田奈織ちゃんですね」
「わしの台詞を取るな〜」
「はい、落ち着いて」
「今日はオーケストラに合わせて黒いドレス。シックでなかなか良かったぞ」
「はい、大家さん、よだれをふいて……曲の感想でしょ」
「ああ、そうか……いや、良かったぞ。木管同士のアンサンブル、木管とハープとの掛け合い、これにオケが絡んで世界を作り出すのじゃ」
「これは大家さんでも理解出来るんですね」
「終楽章ではメンデルスゾーンの結婚行進曲も出てきて、ユーモアにもあふれている」
「へえ」
「まあ、サービス作品ということで」
「説得力のない解説」
「ここで休憩をはさんで、後半は日本人作品」
「はい」
「ここでまたまたアクシデント」
「どうしました」
「前にいた大阪のおばちゃんが、席は移動するわ、ずーっとペチャクチャしゃべっているわ……」
「あらら」
「曲は伊福部昭の『土俗的三連画』、1937年の作品」
「作曲家の名前、聞き覚えがあります」
「このブログでも何度か出ている。映画『ゴジラ』の曲を作った人というのが一番知られているかな」
「ああ」
「実は、あの映画音楽も怪獣の曲なのではなく、伊福部さんの世界なのじゃ。それを思わせる世界が随所に出てくる」
「へえ」
「代表作の『日本祭礼舞曲』でも、日本のメロディとゴジラのマーチなどを思わせる部分を融合させている」
「では、今日の作品も」
「そういう世界じゃ。子守歌や祭囃子が鳴り響く。それにしても、前のおばちゃん、じっとしていない。ウロウロ動き回り、席を代え……曲が終わった途端にまたペチャクチャ」
「すごいおばはんですね」
「音楽学校に行ったが追い出されたとか、自慢気に話していた」
「じゃあ、若いんですか」
「そうらしい。じゃが、完全に大阪のおばちゃんの乗りじゃな」
「演奏会は」
「最後の曲、西村さんの『室内交響曲第2番 コンチェルタンテ』、2004年の作品。コンバスの深みのある音が弦に広がり、管が加わって迫力を増して行く。苦悩を乗り越えてエナジーがほとばしる」
「ドラマチックですね」
「そう。しかし、前のおばちゃん、動き回り、全く落ち着きがない。我慢が出来ないのじゃろう。終わった途端にまたペチャクチャ」
「本当にあららですね」
「『すみませんが、少し静かにしてもらえませんか』と言ってしまった」
「言ってしまいましたか」
「そしたら、何と言ったと思う」
「何ですか」
「『大阪ではそんなふざけたこと、言われたことないわ』だと」
「え……」
「まあ、これは大阪のオーケストラだから……彼女は前の日の大阪での演奏家も聞いて来たらしい。しょうがないから、『東京では、演奏の前後も黙って聞くのが礼儀ですよ』って教えてやった」
「納得しましたか」
「いや、演奏の時だけ我慢して黙っていればいいという主張」
「どうしました」
「こっちも腹が立ったから、『聞きたくないのなら二度と来るな』って言ってやった」
「言いましたね」
「このおばはん、『ふざけるな、演奏会でしゃべって何が悪いのや』ってどなりちらして会場の注目を集め、出口までずっとわめき散らしていた」
「すごいですね」
「念のために言っておくが、大阪では演奏さえ黙っていればいいのじゃろうが、東京では、演奏家が出てきたら、演奏を聴こうと思って話はやめる。また、演奏後は拍手をして、その間は演奏の続きと心得ている。そこが大阪との違い……このおばさんの話ではそうなるが……まあ、その間は話は極力我慢する」
「そうですね」
「話しても、わしの最長記録は隣の知らない人と、『良かったですねえ』という8文字。アンコールまで終わってからゆっくり話をすればいい」
「それが東京のルールですね」
「まあ、大阪のオーケストラだから、大阪ルールでいいのかも知れないが、やっぱり、演奏前の準備、後の余韻はほしい。とっても残念じゃった」
「はい。かくて、演奏は終了」
「当然アンコールなし。その後、作曲の西村さんにご挨拶、CDにサインをいただいてしまった」
「例によって図々しく」
「これは予定外。右上のがジャケットで、左がサインじゃ。今回演奏された作品が収録されている」
「はい」
「それから楽屋に行ったら、ちょうど、奈織ちゃんが出てきて、今日はゆっくり話が出来た」
「はい。会場での鬱憤が晴れましたか」
「晴れた晴れた。そういうことで、今帰ったところです」
「はい、そろそろ寝ないと」
「明日も仕事じゃからな。では、これから風呂へ入って、一杯やって……」
「何時になるんですか」

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