12月14日 アナスタシア演奏会

「そういう訳で、この日は3月までの同僚、アナスタシア・チョボタリョーワの演奏会へ」
「……どういう訳で……」
「とにかく退勤時間になったら飛び出して、特急『スーパーひたち』に乗車」
「人の話を聞いてないね」
「大変な混雑で、やれやれ」
「はいはい」
「上野で家内と合流して……」
「奥さんとご一緒で」
「わしらの銀婚式を記念しての演奏会なのじゃ」
「……本当ですか」
「無事会場へ着いて……」
「また人の話を聞いていない」
「さて、演奏会……ピアノ伴奏はドミトリー・チェチェーリン。まずはチャイコフスキーの『なつかしい土地の思い出』。最初の瞑想曲が終わったら拍手が鳴り、二人も拍手に応えて……その後そういうことで、全体で1つの作品でも個々の曲で拍手ということになった」
「変則なんですか」
「そう、かなり珍しいな」
「これは『モスクワの思い出』といアルバムに収められている。素晴らしい演奏。実は会場の杉並公会堂は、息子と一緒に演奏会に行ったのがもう5年も前。その後リニュアールされてたのじゃ」
「大家さん、知らなかったんですか」
「そう。だから、指定席で、それも二階の奥だったのでがっかりしていたが、実に素晴らしい施設で、顔もよく見えるし、音も悪くない。2曲目の『スケルツォ』はさすがじゃな。涼しい顔ですいすい弾いて見せる」
「去年の演奏会でも同じことを言ってましたね」
「後で感想を聞いたら、家内もそれに驚いていて、同じことを言った」
「へえ」
「これも『モスクワの思い出』に収録されている」
「さりげなく、わざとらしいコマーシャル」
「二曲目……ということにしておくが、同じくチャイコフスキーの『白鳥の湖』から。有名な『情景』、『ワルツ』……」
「名曲ですね」
「しかし、詰まらない編曲だったなあ……旋律を追いかけるだけのソロに、そのままの伴奏……『情景』で歓声を上げている人がいたが、音楽を知らないのじゃろう……有名な曲だから歓声を上げたという……」
「それは失礼でしょう」
「演奏は確かに素晴らしいが、曲があまりにも詰まらない」
「ひどい言い方」
「次の『グラン・アダージョ』は元々ヴァイオリンのソロが活躍する曲だから、素晴らしい演奏で当然、『フィナーレ』は、やはり旋律を追っかけるだけという編曲で……」
「そんな物ですか」
「そんな物ですよ」
「それで、次は」
「これで1時間経ってお仲入り……さて、食いつきは……」
「大家さん、落語じゃないですよ。仲入りじゃなくて休憩でしょ」
「あ、そうなの……ドレスがあでやかな赤からエレガントな白に変わり、これだけで歓声が上がった。今回は『ロシアのクリスマス』と題されたコンサートじゃから、クリスマスの白というところじゃろうか」
「ちょっと早いクリスマスですか」
「曲の方もラフマニノフの『ヴォカリーズ』……名曲じゃな。これも『モスクワの思い出』に入っている」
「おなじみの曲ばかりということですね」
「これもクリスマス向けじゃな。続いてストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』から『ロシアの踊り』。素晴らしいテクニックと音楽性、曲そのものの面白さもあって、まあ、『白鳥の湖』より桁違いに良かった」
「なるほど、後半にいい曲を並べて来ましたね」
「そう、そして最後はもちろんチャイコフスキーの『くるみ割り人形』から、これも編曲(小山和彦)が素晴らしいのが最初の『小序曲』で分かった」
「どこが面白いんですか」
「ヴァイオリンとピアノの掛け合いがちゃんとあるのじゃ。旋律を全部ヴァイオリンでという『白鳥の湖』とは大きな差がある」
「ヴァイオリンの様々なテクニックもちゃんと入っていて、『行進曲』、『こんぺいとう』、『トレパーク』、『アラビアの踊り』、『中国の踊り』、『あし笛の踊り』と続く。『トレパーク』の最後のヴァイオリンならではのアルペッジョがあり、『アラビア』ではハーモニックがあったり、弦の上で弓をはねて軽い音を出したり……相変わらず1曲ごとに拍手があるが、この曲では納得できる」
「素晴らしい演奏ですね」
「全体を1つの曲として演奏するよりも、それぞれの曲の個性を楽しむ訳じゃな。実際のバレエでも、その都度拍手が起こるじゃろう」
「ああ、なるほど」
「そのスタイルでやるのだから、最初の『なつかしい土地の思い出』も1曲ごとに拍手というのに、今更納得」
「はい、素晴らしい演奏会ですねえ」
「最後はもちろん『花のワルツ』、そしてアンコールは、おなじみの『くまんばちの飛行』をとてつもなく早いテンポで。まだ拍手が鳴りやまず、『トレパーク』をやはり早いテンポで……この素晴らしい演奏に満足して、舞台から引っ込むと拍手が止まった」
「2回アンコールしたから終わりなんでしょう」
「そんな決まりはない。わしはアナスタシアの3度のアンコールを見ている」
「ということは、本当に満足したということですか」
「まあ、それだけの演奏だったなあ。バレエ作品の一部は、編曲者が違うが、ピンクのCD『花のワルツ』に収録されている。今日の演奏は面白い編曲だったが、CDはコレクションしておくだけの価値のある素晴らしい演奏じゃ。『くまんばちの飛行』もこれで聞ける。ただし、アンコール用ではない、普通のテンポの演奏じゃ」
「はい」
「それで後は、新作のDVDにサインをさせ、写真を撮ってやり……」
「また図々しい」
「去年の演奏会の写真と土産を持っていったから、このくらいは当然じゃ。本当は並んで写真を撮りたかったが、迷惑になりそうだったので……」
「そうでなくとも、十分迷惑になっているでしょう」

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