11月5日 上野広小路亭

「さて、世間では連休だというのに、こちらは毎日仕事で疲れたため、朝寝坊をしてしまった……そういう訳で仕方なく、今日は会社をサボって上野広小路亭へ」
「行きましたか」
「まずは前座の春風亭昇吉。『やかん』を演じたが、桂文治流のもので、川中島の合戦で講談調になる部分が実に見事じゃった」
「一人目でそんなにほめるなんて、大家さんには珍しいですね」
「そうじゃな。もう一人橘ノ美香は『子ほめ』。昨年4月1日に『寿限無』を聞いて以来かな……かなり聞きやすい調子になっている」
「聞きやすいですか……」
「まあ、まだまだ……昇吉だって、全体にはお見事じゃが、部分的にはまだまだじゃよ」
「はい、この後がプログラムに載っている人」
「それが、今日は随分代演があった」
「そうですか、まずは桂夏丸君」
「はい、待ってました……って、今日はこれが目的。実は今日は会社の仕事で、鈴本の主任である桂才賀師匠にご挨拶に行くのが目的だったのじゃが、こちらの応援が優先されてしまった訳」
「本末転倒って訳だ」
「出し物は『釣りの酒』。歌丸師匠がウン十年前よく演じていたな。マクラからよく引きつけていたぞ。熟練して行けばもっと盛り上がるようになるじゃろう」
「はい。三遊亭遊馬
「代演で、瀧川鯉枝じゃった。新作で……あ、題名聞くのを忘れた。故郷の北海道をもとにした新作で、北海道から東京に来た友達を見物に連れて行くのじゃが……同じ調子でだらだら続く感じがあって、もっとメリハリがほしいな」
「そうですか」
「ところが、客席……わしのすぐ後ろに、小母様方が入って来られて、この人たちが何でもよく笑う……こちらが呆れるほど……まあ、それで大いに受けたってことになるのかな……落ちはいいセンスだったが……」
「続いて一矢
「これもお馴染みの相撲漫談……相撲界のごたごたはネタに出来ないと嘆いていたが、まあそれなりにネタは精選してあるので受けていた」
「はい、三遊亭圓馬
「『弥次郎』じゃった。開演から宴会を開いてビール飲み続けたので、ここでちょっと一眠り」
「あらら……柳家蝠丸
「『ふくまる』と読むのじゃが、ワープロでは『こうもり』って打たないと出ない」
「名前はどうでもいいですよ」
「いや、紋付きの紋が『こうもり』のデザインになっていたのを思い出して……」
「はい……出し物は」
「『おかふい』じゃ。軽い雰囲気でいいな。本当にいい演者じゃな」
「続いてマグナム小林
ヴァイオリン漫談だが、今回はタップダンスつき。演奏しながらタップでリズムを重ねた」
「へえ」
「『私を野球に連れて行って』、ステップをこれしか知らないって言って同じステップで『美しき天然』。最後に馬の蹄の音をタップでやりながら、ヴァイオリンで馬のいななきを聞かせ、『暴れん坊将軍』のテーマ」
「バラエティに富んでいますね」
「見事だったので『アンコール』を叫んだら、後ろの小母ちゃんが『本当にアンコールね』って同意してはくれた」
「さて、仲トリは三遊亭遊三
「マクラは全部お馴染みのものじゃった。出し物は『壺算』。計算の分からなくなる店の主人が面白いな。これぞ熟練という高座じゃ」
「はい、よござんした。食いつきは神田陽子
「それが……」
「どうしました」
「後で聞いた所によると、行方不明で……」
「え……」
「今日ここに出るのを忘れて、新宿に出た後どこかへ行ってしまったらしい」
「あらら、じゃあどうしましょう」
「そこで後の人を先に出すという……」
「じゃあ、国分健二ですか」
「いや、その後の……」
柳亭楽輔ですか」
「はい、その楽輔の代演で桂小南治……」
「本当にややこしくなって来ましたね」
「出し物は『写真の仇討』、ううん、なるほど……という高座じゃった。落ちになる短刀の突き方、納得じゃな」
「見て理解できたってことですね」
「落ちが少し違ったな。わしの知識で拍手をしてしまったら、もう一つ落ちがあった。これも面白かった」
「次は……誰なんです」
「さっき名前が出たが、国分健二の代演でぴろき
「あら……前回大変だったという……」
「そう、前回はドサキンがぴろきさんのギャグを理解出来ずに……演れば演るほどしらけてしまった」
「今回は」
「何もしないうちから後ろの小母ちゃん達が大笑いして……ぴろきさんも、喜んでいいのかどうだか……って悩んでいたぞ」
「はい、続いて……桂圓枝でいいんですか」
「そうじゃな。陽子さんの分をみんなが少しずつ延ばし始めた。ぴろきさんも随分長くやったぞ……土産を余計に用意しておいてよかった」
「……圓枝さんは」
「いつもの通り世相についての漫談」
「次は江戸家まねき猫
「夏にサインをいただいたので、土産は持って行った」
「『は』って何ですか」
「芸がまずかったらやらない」
「またわがままな」
「じゃが、素晴らしかったぞ。『枕草子』の冒頭『春はあけぼの』を語り、それに因んだ鳴き真似。いい雰囲気を作るなあ」
「じゃあ、土産も渡した」
「もちろん。本文の読み間違いも指摘したが……余計なことだったかな……」
「トリは三遊亭とん馬
「読みが違うぞ。『とんば』と読む。『井戸の茶碗』だった。人物がしっかりしていていいな」
「はい……そうなると、苦情が全くありませんね」
「そうじゃな。満足の一日ということじゃ。この後鈴本で才賀師匠にご挨拶して帰ったという……」
「これだけが本当のお仕事」
「そういう訳で……ご報告はこれまで」

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