6月2日 東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ演奏会

「さて、今日は会社のスポーツ大会」
「運動したんですか」
「いや……来客があるからってごまかして奥で休んでいた」
「例によって……ですね」
「それで夕方から家内とデート」
「予定通り、コンサートですか」
「池袋の東京芸術劇場で、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラの演奏会」
「何だか節操のない名前ですね」
「その時代の楽器を使っているのじゃ。古楽器によるオーケストラ。だから、トロンボーンは長さの違うものが3本、伸び縮みしないのじゃ。トランペットもキーがない、片手で持っているだけの倍音で演奏するもの」
「今よりも難しそうですね」
「そうじゃな。フルートなど木管楽器はキーがついておった。古楽器を改良したものじゃろうか」
「さあ」
モーツァルトの作品はフルートが少なく、オーボエが必ず入っているが、今日の演奏ではフルートが活躍してオーボエはお休み……そういう曲なのかな」
「分かりませんねえ」
「協奏曲などでは、第2楽章だけフルートが入ったりする。その時はオーボエがお休みするので、持ち替えて演奏していたのじゃろう」
「そんな研究もされているんですか」
「それから、クラリネット協奏曲のソロも、バセッタ・クラリネットという、見た目も面白い楽器で面白かった」
「はい、最初の曲は」
「このオーケストラ、ヨーロッパ式の配置をとっておりまして……」
「……大家さん、曲の紹介をお願いしたんですが」
「いや、ここから話さないと……今のオーケストラの多くはアメリカ型で、左から第1ヴァイオリン、第2、ビオラ、低弦と並んでおります。右に行くほど低い音になる訳で、音のバランスがいいというのじゃ」
「ヨーロッパ式というのは」
「第1ヴァイオリンが左端、第2は右、その第2の後方にビオラ、その左にチェロ、コントラバスという具合に並ぶ」
「どうなるんです」
「2つのヴァイオリンが左右に分かれるので、不安定だというのじゃが……実際にはモーツァルトなどの曲を聴くと、この配置の方が面白い」
「どうして」
「最初の曲『魔笛』序曲じゃが、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがメロディをトスして回す。これがこの配置なら、左と右で追い掛けっこしているのがよく分かる。『フィガロの結婚』序曲もそうじゃ。チャイコフスキーの『悲愴』がこの配置で演奏すると、大変なことになるというのは有名じゃ」
「どうしてです」
「フィナーレの旋律が2つのヴァイオリンに分けて書かれているから、旋律がフラフラと揺れ動いて、すごい不安感を生み出す。今ほとんどのオケがアメリカ式で録音するから、CDで聞いてもこの効果は薄い」
「そうなんですか」
「そうなんですよ……まあ、この配置と、管楽器がいかにも当時の楽器で、音色の面白さなども合わせて、上々の演奏だったな」
「へえ」
「2曲目はホーブリッジのソロが加わってクラリネット協奏曲。正に天使の歌、幸せな気分にしてくれる……」
「当然演奏も良かった」
「休憩をはさんで交響曲第39番……これも上々だと思うが……」
「何かご不満でも」
「終わった後に大歓声……『ブラボー』を連発する……しかしなあ、クラコン(クラリネット協奏曲)はソリストへの賞賛も含めて『ブラボー』に大納得なのじゃが、こちらは上出来とはいえ、格別の工夫も表現も感じられなかった」
「ふうん」
「まあモーツァルトはそれでいいのかも知れないが……ブラボー連発というほどすごいものではなかった」
「大家さんはその位すごい演奏に接したことがありますか」
「10年に1度あるかどうか……何度か確かにあった……昨年11月のモスクワ音楽院のとてつもないテクニックを見せつけたものでも、ブラボー1発で終わった……それが正当という気がするな……今回のはサクラかな」
「でも、良かったんでしょ」
「そう……どこがどう良かったのか、精密に書けるのなら、わしは評論家になっているから……読んだ人は物足りないと思う……申し訳ないが、その程度なんで」
「まあ、誰も期待はしていない」
「それでカーテンコール4回、アンコール無しでお開き。池袋の中華屋さんで食事をして帰った……と、こういう訳でございます」

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