大阪の旅 9月29日
最終章 天満天神繁昌亭

さて、いよいよ本日のメイン、天満天神繁昌亭じゃ」
「大阪で初めての落語をやる寄席なんですね」
「そう、今月15日にオープンして、特別興行を行い、25日から正式の寄席興行、こちらは1週間を1クールとしているのが面白いな」
「東京は違うんですか」
「上野鈴本、池袋、新宿、浅草、全て10日間が同じメンバーによる興行じゃ。上野広小路亭は5日で交替するが、このことについては歌丸会長が著書の中でお書きになっているから、ぜひ買ってご覧下さい」
「わざとらしいCM」
「さて、この第1回興行ということになった訳じゃが、平日にもかかわらず写真のように行列が出来ている。これが続けばいいのじゃがなあ」
「はい」
「さて、まずは左の写真」
「何ですこれは」
「上方落語の伝説の名人、初代春団治師匠じゃ」
「ははあ……」
「写真を撮ってくれた人が物事を理解していなくて……看板も切れてちょっと残念じゃ」
「さて、寄席の様子はいかがでした」
「入口で一番太鼓を叩く。少し下、右側の写真じゃ」
「これはめずらしい」
「上野鈴本でも生で見ることが出来るぞ。これも人気につながるかな。座布団を返すのもお茶子さんがやっている。それとも、噺家さんなのじゃろうか……」
「さて、落語の方ですが」
桂ひろばの『兵庫船』……最初から鳴り物入りの上方らしい作品じゃ」
「前座なんですか」
「それにしては上出来すぎるな。ただ、台詞での人物描写がくさいな……八人芸というが、声色じゃないんだから、もっと普通にしゃべっていいと思う。しかし、最初に言ったとおり、上出来じゃ。『食いつき』のような役割なのかと思うほどじゃった」
「はい、続いて林家染弥
「『時うどん』だった。食べる仕種に拍手が起こったが、わしはしなかった。うどんを食べているようではないなあ。悪くはないのじゃろうが、笑わせよう笑わせようというくどさがあるように感じて、ちょっと疲れた。落ちは普通は「5つ、6つ、7つ、8つ、今何時だい」「5つで」「5つ?……6つ、7つ、8つ……」で終わるのじゃが、この8つからまた5つに戻っての繰り返し。新しいなあ。それとも上方ではよくあるのじゃろうか」
「どうして5つに戻るんでしょう」
「これは9つというのは夜中の0時前後なのじゃ。逆回りに数えて10時前後は4つ、8時前後が5つになる。今回も『日の暮れ方からうどん屋を探して』って台詞があったが、日の暮れるのが6つじゃな。4つの落ちは常識的に丸4時間、それが9つまで後わずかなら約6時間もうろうろしていたということになる。5つなら2時間じゃが、同様に長い場合は4時間近くうろついたと考えられるなあ」
「はい、どうでもいい蘊蓄をありがとうございます」
「続いて笑福亭瓶生、いかにも上方だなというネタ、題名忘れた、調べ直さないと……まあ、やはり疲れた居眠り」
「ひどいね」
「東京では寝かしつけてくれるいい芸人がいるって……小遊三師匠がおっしゃっていたが、こちらはみんな元気な声で寝られそうにない」
「それなのに寝た」
「わしの細やかな神経が異常をきたしているらしい」
「何をおっしゃいますやら……続いて帰天斎正紅……って、奇術ですか」
「いや、紙切りじゃ」
「大家さんは東京で今丸師匠の作品を手に入れていますね」
「そうじゃ」
「今回もいただいて来たんですか」
「いや、今回は拒否した」
「なぜ」
「話しながら切るのに、話が面白くない。二つ折りにして切って、宝船と達磨、それから折らずに『寿』の文字を切ったが、とにかく話がかったるい。寝る以外何もしようがない」
「一応何を切ったかは確認した」
「周りの人が持っていたので……」
「正直言って、ここまではもう一つ何か足りないという世界じゃな。寝るしかないという……」
「次は桂枝三郎
「『桃太郎』じゃ。近頃の子供はって言って、昔の子供が登場することが多いが、ちゃんと現代っ子だったし……ただ、なぜこの話にエロが加わるのか……全体には悪くないのじゃがなあ」
「そんな場面もありましたか」
「というより、この日の出し物で、エロ、バレが多かった。出演者の半分はそういうネタを折り込んでいたのは食傷気味じゃ。客には大いに受けていたが、わしはゲンナリしておった」
「さて、仲入前になりますが」
「順番を入れ替えて、トリの予定の笑福亭松喬師匠が上がって来られた……『上燗屋』じゃ。初めて聞いたがこれは本当に面白い、それ以上に素晴らしい芸じゃな。酔っぱらいが飲む様子、豆など食う様子、店の親父とのやりとり……道具屋でのやりとり、泥棒の様子まで、全てが見所じゃ。まあ、これだけ見れば、先の演者への苦情も吹っ飛んだな」
「それはようございました。それではこれにて……」
「帰っても良かったが、続きも聞いてしまった」
「食いつきは」
桂福六で『狸賽』、これも、狸の金は八畳敷きなどのくすぐりは当然じゃが、やはりしつこいのはなあ……」
「次は露の団四郎
「写真左上が団四郎師匠じゃ」
「さっそくお友達になって……」
「『子ほめ』を演じたが、東京では前座噺に近いな。上手な人が演じるとこんなに人物描写がなされ、見事な噺なのだと分かる。素晴らしい出来じゃった」
「はい、敏江・玲児の漫才」
「お馴染みの二人じゃが……ネタもお馴染みの離婚からの敏江の苦労を語るもの……ここでもシモネタが炸裂じゃ。この二人なら仕方ないのじゃろうが、先に述べた通りだったので……」
「さて、トリは桂仁福
「マクラが長く、テンポは乗らないし、ギャグはすべるし……それが妙におかしかった。芸の幅というか、年季というか、やはり大事なのじゃなあ」
「ネタは」
「『幇間腹』だった。東京では針を刺した途端に『痛い』ってんで折れてしまう。もう1本入れると、これも折れて落ちになる。上方では1本目を上手に入れ、これが抜けなくなってもう1本、更にそれも抜けずに3本目を入れる……やはり東京と比べてしつこい感じはあるな」
「上方とのカルチャーショックが大きいようで」
「うん、わずか3時間半だったが……ドッと疲れた」
「何かお土産があるそうで」
「この寄席のTシャツ、手拭い、ストラップ等々……お菓子もいただいた。それに近所の酒屋さんでは記念の日本酒なども……右上が大袋、左が記念手拭い。これは噺家さんの名前が印刷されたもの。もう1枚、繁昌亭をデザインしたものを手に入れた。」
「荷物が沢山で大変だったでしょう」
「うん、翌日山登りがあるのに、手に持ちきれないほどの荷物になってしまった。上記のものは全て持って行かなければならないなあ……」
「そういう訳で、本日の予定は無事終了」
「はい、日本一長い天神商店街を抜けて環状線の天満駅へ出、無事大阪へ戻った訳でございます」

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