8月9日 ロフト寄席

「昨日は浅草演芸場へ桂夏丸君に逢いに行ったのだが、高座がなかった」
「間が悪いんでしょ」
「それで今日のロフト寄席に招待してくれたのじゃが、台風の接近で午前中は大変だった」
「でも大きな被害はありませんでしたね」
「昼過ぎには雲も切れることがあり、よしと決断して出発」
「はいはい……例によってどうでもいい前置きが長い」
「飲み屋での会なので、ビールを呑みながら落語を聞く」
「大家さんにぴったり」
「それで、もちろん最初(はな)が桂夏丸君。前日にリクエストをしてくれれば何でもやりますという……自信も持ち始めているなあ」
「それで何を演ったんです」
「『馬の田楽』じゃ。珍しい噺じゃな。わしは春風亭柳朝の音を持っているが、他には橘家円太郎を聞いたくらい。興津要は「春の田園絵巻」と言っているが、要するにのんびりとした噺。田舎の馬方以下、のんびりとした人ばかりが出てくるのでメリハリがない。馬がいなくなった馬方だけがあわてているので、その対象がなければダラダラした噺になる」
夏丸君はどうでした」
「良かったぞ。2、3の修正すべき点はあるだろうが、馬方と接する人物のとんちんかんが何ともおかしい。ここをきちんと伝えていたので、上々の出来じゃろう」
「さて、メインは桂右團治師匠の2席ということですが」
「1席目は『やかん』、魚屋で見た魚の名前から導入し、前の部分をたっぷりとやって、手近な物の名前を尋ねるという……なかなか全部通して聞く機会はないから貴重じゃ。こっそり録音しておくのじゃった」
「しょうがないね」
文治師匠は寄席で魚の名前だけで時間切れになっちゃったこともある。面白がって聞く男と、何としても答えようとする男、2人しか出て来ないが、こうして聞いているとやりとりのテンポの良さがないといけない……前座が演じても面白くない理由が分かった」
「はいはい。それで仲入り」
「食いつきは柳家小蝠の『替り目』、酔って帰った夫に対して、妻が応対する訳じゃが、そこに夫婦の情愛がある。寄席では何度も出てくる噺じゃが、その情愛の描き方が演者によって違う。面白いなあ。小蝠君は声も大きいし勢いもあって、こちらは一杯やりながら聞いていたのが、本格に落語を聞こうという雰囲気を作り出したなあ」
「そして、右團治師匠がもう1席」
「『船徳』、これも珍しい噺じゃな。長い噺の発端を明治の頃の円遊が独立させたという……違っていたらゴメン……資料を岡山に置いてきたので……戦後は、先代の桂文楽が磨いて、もちろん録音は持っているが、生で聞いたことはない」
「今日が初めてですか」
「いや、実は2日に広小路亭で聞いて、あっと思った。今日はじっくり聞くことが出来たが、文楽よりいいなあ」
「ええ、あの名人よりいいんですか」
文楽は見事。特に枕から本筋に入るところの『四万六千日、お暑い盛りでございます』
の台詞が名台詞だな。しかし、人物描写、船頭が若旦那を「徳」と呼び捨てにするところや、幾つかの部分にしっくりこないものを感じていた。時代なのかなあ……録音は持っているがほとんど聞いていない」
「何故でしょう」
「2度の右團治師匠のを聞いて、何となく感じたのは、文楽のはやはり過去の物なのじゃ」
「何が良かったんです」
「やはり主人公・徳の描写じゃな。客が来た時に退屈を持てあましてだらけている。仕事だってんでうれしさから元気になり、まあそれで力加減を忘れて体力を使い果たしてしまうのじゃろうな。疲れ切った様子まで、同じ人物が変化するのを実に見事に描いておった」
「はい」
「それで皆さんと一緒に食事。右團治師匠もわしのホームページを読んで下さっていた……まあ、我が儘勝手、思うままに書いているので、失礼はご勘弁を。今度手土産を持って参りますので、へへへ……」
「すぐ卑屈に笑ってごまかす」
「茨城まで帰るのでそろそろと思ったら、表がすごい大雨。結局最後までお付き合いして、家に着いたのは日付が替わってしまってからじゃった」
「昨日は浅草だから11時には帰れたけれど、寄席通いも大変ですね」
「わしは受験勉強を朝4時から起きてやったので、夜は9時に寝る。今でもそういう時間帯で活動しているから、この数日は辛いな」
「さて、翌日も上野広小路亭へ行き、そのまま桂歌助師匠の会……また遅くなるなあ」

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