8月2日 上野広小路亭

「さて、倉敷で演奏会を終え、ビジネスホテルで一泊」
「大家、お前、そんな所で泊まってたのか」
「熊公だな。相変わらず口が悪い」
「どんなホテルだった」
「3千円でお釣りが来る。個室が二つくっついて、トイレとバスは共有。これも別々ならあと千円追加になる」
「けちな大家らしいな」
「大風呂は本物の温泉で、夕食と朝食もつくが、わしは演奏会でホテル着の予定が夕食終了時刻なので、倉敷で食べて来た。朝食はバイキング……もちろん大した物はないが、エネルギー補給だから……」
「そんな物はどうでもいいや、寄席の話にしようや」
「3ヶ月ぶりに上野広小路亭へ行って来た。前座は昔々亭ち太郎で『桃太郎』。3月末に日本橋亭で見たが、慣れてきたな。後で美由紀ちゃんに『あなた中学生』ってからかわれていた……本人おちょくられているのに気付かない。まだそういう新人じゃ」
「じゃあ、噺は上手くない」
「もちろんこれからじゃが、決して悪くなかったぞ。もう一人は昔々亭喜太郎
「こいつは去年からの知り合いだ」
「そうじゃ、一緒に食事もした仲じゃが、今日はその余裕はない」
「演目は」
「『新聞記事』、今日はテンポがもう一つ乗らなかったかな」
「さて、その後がプログラムに載っている人」
昔々亭笑海の『金明竹』。与太郎がいちいちどうして叱られるのか理解出来ずに悩んでいたのがおかしい。いいじゃないかと思っていたら、現れた上方丁稚がとてつもない早口……すごかった」
「期待できそうだな」
「そう、続いて春風亭鹿の子ちゃんの『皿屋敷』。もう男達の台詞が違和感なく演じられるようになった。更に幽霊の描写が女性でなければ出来ないものが加わっている。きっと大物になるぞ」
「次は西川のぼる
「女装して現れ、美輪明弘の物真似、かつらを外して寅さんになり、淡谷のり子で締めなのだが、余計な話が長くて歌の途中で時間切れ」
桂右團治
「これも女流噺家。こちらは女で初の真打だったが、師匠の文治が亡くなってからすごく良くなった。何と『船徳』をたっぷり。おかみだけが女性だが、男が演じているのに負けない……どころか勝っているんじゃないか。夏らしいいい噺だ」
三遊亭右左喜
「『ぜんざい公社』だったが、いい調子だな。淡々と進むので、疲れが出て眠ってしまったが、小遊三師匠曰く、『気持ちよくさせてくれるいい芸人さんがいるんですよね』
「変な言い訳」
「……続いて宮田章司の売り声。苗売りがやっぱり好きだなあ」
「仲トリは橘ノ圓
「ひざを痛めて尻に台を敷いての高座、初めてなのでどうも使いづらいと言っていた。噺は『禁酒番屋』。この人も渋い声でじわじわと盛り上げていくから気持ちよく眠ってしまう」
「また寝たの」
歌丸師匠曰く、『笑うのって疲れるんですよ』
「仲入り後は」
神田紅の『槍の権左』……わしは近松の戯曲しか知らない……釈台が新しくなっていた。白木のいい台じゃな」
「続いて東京太・ゆめ子
「わしが差し入れに『ゆめ子さんとその手下へ』と書いておいたのをネタにしてくれた」
桂南なん
「珍しい『田能久』、子供の頃には本などで見たのじゃが、聞いたことがあったじゃろうか……記憶にないなあ。しかし、マンガのようなお話で、聞いていて安心感もあり南なんさんの人に合っていると感じた」
三笑亭夢太朗
「『たがや』じゃ。たがやと武士の接触までが丁寧、武士を時代劇の悪役のように演じる人が多い中、自然な人物、いい出来じゃったな」
春風亭美由紀
三味線と歌。本当に高い声での歌が良くなったな。最後はステテコ踊り」
「トリは春雨や雷蔵
「『唐茄子屋』じゃ。勘当から伯父さんに救われるまでをさっと進め、伯父さんの気遣いをたっぷり演じた。若旦那が吉原を思い出すくだりはあまり深く入り込まずに、貧乏長屋へ……全てが聞きどころの名作じゃということが伝わったな」
「では満足だったか」
「ううん……大満足とはいかないが、上々というところじゃな」

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