6月5日 フェイギン・チェロ・リサイタル

「ロシアのドミトリー・フェイギン氏が倉敷でチェロのリサイタルを開催、招待されたので行って来た」
「夜の演奏会なので大変ですね」
「職場の退勤時間の5分後に津山発の汽車が出る。どう急いでも職場から駅まで10分はかかるので、困ったな」
「どうしました」
「会議をしている隙に職場の時計を全部10分ずつ進めておいた。それで、退勤時間になったので、お先にっと飛び出したのじゃ」
「とんでもないおっさんだね」
「まあ、それでも片道2時間は辛い。着いた時にはすでに1曲目プロコフィエフのバレエ「シンデレラ」からアダージョが始まっておった」
「すると入れませんね」
「終わるまでロビーで待機じゃ。しかし、モニターとスピーカーで中の様子は見えるが、やはり全くいい演奏には聞こえない」
「一流の演奏家ですよね」
「まあ、機械を通して流れる演奏は、結局偽物なのじゃ。会場に入って、本物の響きを聞くと、全く世界が違うということが分かる。今回の遅刻は分かり切ったことではあるが、それを再認識させてくれるものじゃった」
「そう言うことをいうくせに、CDを随分持っていますね」
「千枚くらいかるかなあ」
「矛盾していませんか」
「まあ、小さいことはいいじゃろう」
「しょうがないね。とにかく、その生演奏を具体的にお聞きしましょう」
「奥深さというのかな。音に響きがある。和音を弾いた時の迫力はすばらしいものじゃった。今回はハチャトリアンショスタコーヴィチプロコフィエフの「チェロとピアノのためのソナタ」という、近代現代のチェロ・ソナタの傑作を集めたので、現代的手法も多くあって、面白かったぞ」
「どういうものです」
「ポルタメントや左手のピチカートは当然のことじゃろうが、例えばピチカートで弦をつまんで弾く、弦を弓で弾きながら胴をコンコンと叩いてリズム音を出す。パガニーニ運弓のように弓をはずませる、弓の木の方で弾くコルレーニョ奏法も出てきた」
「色々なことをやっているんですね」
「まあ、わしはこういう現代音楽が大好きじゃが、なじみのない人でもこうした奏法には興味が持てたと思う。曲そのものも面白かったし、やはり夫婦なので息がぴったりじゃな。間の取り方はすごい。曲間に1分近くも間を取って、雰囲気が作られてしまうのじゃから」
「すると、全体としてなかなかの演奏会でしたね」
「アンコールはラフマニノフの『ボカリーズ』、これは随分遊んでいたな」
「遊びというと」
「前半をまず早いテンポであっさり弾き切ってしまう。繰り返しになると、トリルで思い入れがあって、そこからゆっくりと抑揚をつけて演奏する。同じ譜面が全く違う世界で展開した。後半の入りはわしはフォルテシモで演奏するが、ここを逆に静かに入って次第に盛り上げるのも珍しいな。ただ元の譜面にはフォルテ指定なのじゃが」
「アンコールもよかった」
「ううん、ちょっとくだけすぎたかな。しかし、これはこれで面白いから可とすべきじゃろう。とにかくプログラムに載っている曲目が素晴らしかった。今年一番の演奏会じゃった」
「今年何度演奏会に行きましたっけ」
「……ううん、正月の弦うさぎ、3月にわしが世話をしている演奏会、4月の高橋彩ちゃん……今度が4回目じゃな」
「たった4回の中で今年一番といってもねえ……」

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