5月5日 上野広小路亭

「今日は桂夏丸君を応援に、上野広小路亭へ」
「どうでした」
「前座の2人に差し入れをしておいたが、まずは夏丸君。出し物は『青い鳥』、先日亡くなった円右師匠で聞いたことがあるので、尋ねたところ、やはり円右作ということだった」
「もう一人の前座は」
可女次君じゃ。これはかなりの実力派、そこらの二つ目には負けない芸を持っておる。磨かれると楽しみだ」
「出し物は」
「子供がいたからじゃろう、『寿限無』を演じた。原作通りというのはわしも何度かしか聞いていない。面白くはない噺で、文治師匠などはお客様の前で演じる噺ではないとおっしゃっていた。しかし、工夫をすれば鑑賞に堪える。可女次君は婆さんが一番早口だったり、細かな点に色々目新しさがあった」
「さて、プログラムに出ている人ですね。まずは三笑亭月夢
「『アメリカ土産』、漫談風の一席じゃ。アメリカ人と4度目の結婚をしたが、戸籍の妻の欄が3つしかなく、新しい紙に書かれるので初婚に見える、という話から始まり、この妻になったアメリカ人が夫の仕事も理解出来ない馬鹿で、自分も海外生活が長い、と続く。アメリカ人から教わった小噺を披露して終わり」
「世界的に活躍しているんですね」
「それがどうも怪しげな人物だからおかしいな……師匠の夢丸さんも怪しい奴だと言っていたし、次に出た鹿の子ちゃんも、信用するととんでもないことになるって言っていた……どうも実感がこもっているから、何かだまされたことがあるようじゃ」
「その鹿の子ちゃんは」
「そうそう、昨年来どうもすれ違いが多く、1年振りの再会。もちろん土産は持って行った」
「出し物は」
「『ちりとてちん』。無駄な部分を全部カットして非常にいいテンポだった。この噺、色々な人が演じている。最近のメモから拾っても、亀蔵慎太郎楽輔恋三小南治……ナマで見ただけでもこれだけになる。さて、どこで個性を出しているかと考えると、どうも……亀蔵はあの大きすぎる体が武器になっているが……印象と行っても芸ではなく体なのだから……『酢豆腐』の改作なのじゃが、落ちがあまりにもひどいのだから、そこまでの経緯で見せて行かなければならぬ」
鹿の子の高座も課題が……」
「いやいや、素晴らしい出来だったと思う。小三治師匠は女性の落語家は大変だということをおっしゃっている。とにかく男の世界に食い込んでくる。まず鹿の子は女性を主人公にする噺で独自の演じ方を作り上げた。そして今日の高座でも品は失わないが、男と同じネタをこれだけ違和感なく演じれるようになっているのじゃ」
「黙っていると難しい話になりそうだから次へ行きましょう。東京平……あれ、京子となっていますね」
「もちろん、京丸・京平の間違いじゃ。いつもの通りの漫才じゃな」
春風亭柳好
「『野ざらし』、昔は全体にしみじみとした雰囲気だったが、明治の頃のステテコの円遊が滑稽噺に作り替えた。今は皆全体の雰囲気まで明るく演じている。中途半端にしみじみを残すよりはこの方が納得じゃ」
三遊亭小圓右
「代演で三遊亭遊史郎だった。何しろ関東の家に帰ったのは3日、着いたら日本橋亭に出演する彼から招待状が届いていた。今更行けない。今日出ると知っていたら土産を持っていったのに……改めて送りますので……へへ、どうも……」
「出し物は」
「お得意の『悋気の独楽』。お妾の台詞を小僧が繰り返すのだが、これが同じ調子に聞こえた。今日のはちゃんと小僧の調子になっている。まだ成長する部分があるのじゃな」
「続いてぴろき
ギタレレ漫談。とにかく出て来ただけで怪しく、自虐的な漫談がおかしい。CDをいただいた。今なら名作落語大全集のファンですと言えば半額で売ってくれるぞ」
「仲トリは三遊亭圓輔
「『親子酒』。1、2杯の飲み始めをじっくり、『酔ってませんよ……お銚子2本しか飲んでないでしょ……え、2本が何度も往復しました?』という台詞で後半へつないだ。色々な演り方があるものじゃ」
「ここでお仲入り」
ぴろきさんに逢いに行ったら、忙しくてもう出たばかりだという。残念。売店で売っている『東京かわら版』には私の名前も出ておりますので……へへ、よろしく」
「売れたって何の見返りもないでしょう」
「それもそうじゃ……さて、食いつきは神田紫の講談『春日局』」
「いかがでした」
「続いて春風亭美由紀ちゃん」
「講談は……」
「よく分からない。悪くはないが、素晴らしいとも言えない。何しろ年に数回しか聞かないのだから批評のしようがない」
「じゃあ、美由紀ちゃんに行きましょう」
俗曲、ディズニーランドを歌ったのが、どんどんテンポアップして、すごかった。その後ステテコを踊った」
「続いて桂伸乃介
「『ろくろ首』だった。与太郎から申し出るのではなく、伯父さんの方から縁談を持ちかけるのは珍しいな」
三遊亭栄馬
「今日は彼がトリに回って、トリに予定されていた遊三師匠の代演で笑三師匠がここで登場した」
「では三笑亭笑三師匠」
「一昨日の末廣亭には休演だったが、土産は置いてきてしまった。出し物はおなじみの『交通安全』。余計な話から戻って行く、笑三ワールドが見事に展開する」
北見マキ
マジック。紐の手品を一緒にやらされた。実はわしは町内の演芸会でマジックをやるので、このネタは知っている」
「誰に教わったんです」
「自分で開発したのじゃ。まあここでやる訳には行かないので、見事に失敗して見せた。後は指をしばるお得意のネタ」
「さて、トリは三遊亭栄馬ということになりましたね」
「『紺屋高雄』だが、告白の場面でしみじみとさせるが、他は笑い満載だった。わしはしみじみが好きじゃが、これはこれで悪くはない。伸乃介の『ろくろ首』と同じ、褌(ふんどし)の湿り具合で天気予報が出来るというくすぐりがあった。違いが味わえたが、わしは、『紺屋高雄』とは合わないような気がする」
「さて、全体の評価は」
「以上の通り、悪いということはほとんどないな。満足できる一日じゃった。夜席までそのまま残っていてもいいのじゃが、明日の予定があるので今日は失礼した」
「それでは次の機会は」
「夏休みまで戻れないじゃろうな……辛く淋しい日々が続くのじゃ」

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