4月1日 上野広小路亭

「今日は予定通り上野広小路亭へ行ってきた」
「久し振りに本格寄席ですね」
「今日は桜が満開、お花見の客で駅周辺は身動きも出来ないほどじゃった」
「昨日は浅草、今日は上野、先日横浜でも花が咲いていたとほざいてましたね」
「ほざいてはひどいや」
「人手がすごかったでしょう」
「最近はやりの萌ファッションのグループがいた」
「私も見たかったです」
「それが全部男」
「うえ……」
「まあとにかく凄い人だった」
「で、桜はどうでした」
「へ……」
「桜ですよ」
「さあ、咲いていたかな」
「何を見に行ったんです」
「もちろん寄席ですよ。上野広小路亭
「ああ……そういえばタイトルがそうだった」
「今日は女性前座が二人、落語の橘ノ美香ちゃんの『寿限無』。抑揚も台詞回しもまだまだじゃ。女性であるという特権も使わないでどこまで伸びるか、まだ手応えがないな」
「もう一人は」
「講談の神田蘭ちゃんじゃ。『真田太平記』の序を演ったが、家来の集合する名前の言い立てがあった。なかなか良かったな。もちろん手土産を持って行った」
「さて、この後がプログラムに名前の載っている人ですね」
橘家小蝠の『ろくろ首』、与太郎と伯父さんの会話から丁寧に演じていた。上々の出来だな」
「続いて昔々亭健太郎
「今日はひどかったな。エイプリルフールの由来から話していたが、どうも理に落ちて面白くない、何となく白けた雰囲気で本題の『狸の札』に入ったが、どうも乗ってこない。わしはいたたまれなくなって、後ろを見ていた」
「演者がかわいそうですよ」
「こういうこともある。しかし、何とかお客さんの気持ちをつかまないといけない。次の江戸家まねき猫が出て来たときは、まだその白けた雰囲気が続いていた。これが鳴き声で次第にひきつけていった。最後は河童」
「河童が鳴くんですか」
「前に演じていたのは犬や猫の鳴き声で、不気味な雰囲気を出し、犬が何かにおびえて逃げて行った。今日はちゃんと河童の鳴き声も演った。場内の明かりを消したらもっといい雰囲気なのに」
「わがままな意見でございます。続いて桂平治
「『茶の湯』を演じた。元気な声、全体の雰囲気はいかにも落語家という雰囲気でわしは好きじゃ。本来なら写真と土産を持って行くはずなのじゃが、右左喜さんと楽輔さんが出る予定になっていたので、用意しておらんかった。代演かも知れないが、寄席でもらったプログラムでは、ちゃんと名前が載っていた」
「すると、次の演者は」
桂伸治じゃ。平治師匠と袖で話しているのがおかしかった。『何やろうか、決めてないよ』って。結局時期に合わせて『長屋の花見』」
「先日違う人のを聞いたということでしたね」
左円馬師匠のを聞いた。左円馬師匠は長屋の人々の哀愁を感じさせたが、伸治師匠は思い切り明るく、楽しく演じた。これなら『酒柱が立っている』という落ちが似合う」
「私には落語のような低俗な芸能は分かりません」
「そうかい。続いてぴろき
「何ですそのピロキというのは」
「ひらがなでしゃべってくれ。ギタレレ漫談をやる芸人さんじゃ。おかしいぞ。今日一番見たかった芸人さんじゃ。テレビやラジオで2、3回、生で見たのは2回目。つい落ちを先に言ってしまったが、ちゃんと突っ込んでくれた。勘もいいね」
「仲入り前、仲トリは三遊亭栄馬
「『替り目』を演じた。車屋とのやり取りが始めて聞いた演出じゃ。まだ色々やり方があるのだと分かったな」
「食いつきは三遊亭遊馬
「……落語は低俗といいながら、仲入り前の仲トリとか、食いつきとか、専門用語をよく知っているね」
「……実は落語大好きなんです」
「この長屋の住人はそうでなくっちゃ。遊馬は『転失気』を演じたが、とにかく小坊主が元気で気持ちがいい。落ちが今までに聞いたことのない新しいものじゃった」
「続いてスチハニー」
「舌が回らないね。スティファニーじゃ」
「そのハニー……って、何です」
マジックをやる女の子、北見伸と一緒にやっていた。今日は萌〜ファッションで登場、ちあきのキッチンマジックってんで、台所用品を使ったマジックを見せた」
「私はマジックはいいからそのファッションを見たい」
「まあまあ……しかし、手際は悪いし、手間は取るし、ネタは見えちゃうし……まだまだじゃな。ファッションでごまかされないぞ。何しろ客で一番若いのはわしじゃ。萌〜ファッションでごまかされないぞ」
「どんなファッションでした」
「青いドレスに白いフリル、その上のエプロンも白、一番前の席に座っていたがミニスカートなので中が気になって……」
「マジックを見ないで何を見てたんです」
「続いて桂伸之介の『長短』、この人は短の人物がいいな。長の方のテンポにもあるリズムがあっておかしかったが」
「次は春雨や雷蔵
「『明烏』をたっぷり。冒頭の親の悩みがしっかり描かれ、勉強一筋の若旦那、遊びに連れ出す男二人、それぞれの描写がいい。また前の文楽が磨き上げた噺として名高い訳じゃが、甘納豆ではなく梅干を砂糖につけて食べていた。これがなかなか良かった」
「次が春風亭美由紀
「ちゃんをつけろ、美由紀ちゃんだ。三味線と歌。話は花粉症かな、ちょっと変だったが、歌はしっかりしている。『さくら』のキーの高さにあっと驚いた」
「トリは三遊亭遊三
「『禁酒番屋』を演じた。寄っていく番人が丁寧に描かれていた」
「前半には苦情もありましたが」
「全体には良かったかな。とにかく落語は最初の方を除いて聞き応えがあった。席を出ると美由紀ちゃんがわざわざ挨拶に来てくれた。飲みにさそって口説こうかと思ったが、今日は家内と飲むので中止。今度は多分夏まで来れないじゃろう」
「では夏まで寄席とはおさらばですね」
「そういうことで」

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