SR(えすあある)

ある世界で(あるせかいで)
【粗筋】
「アッ、おかあちゃん、流れ星」
「あ、今のうちに願い事を言いなさい」
「一日も早くお父さんに会えますように」
「そんなことを言うもんじゃありません。お父さまには私たちのぶんも長生きしていただかなくっちゃ」
【一言】
 この世のお話やと思てたんがあの世の話やった……ということで、ドンデン返しになって笑えるわけですわね。もし、これがあの世のことやと思てたんがこの世のことやったというんやったら、同じドンデンでも、「なーんや、そうやたんかいな。よかったよかった」でバンバンザイになりますわ。けど、それが逆転してるんやさかい手放しでは喜べまへんわね。「緊張」の「緩和」はちゃんと行ってるんですけど、材料が「緊張」したものやさかい「緊張」が残るんです
(桂枝雀(2))

インク
【粗筋】
「けったいやなァ。この万年筆、なんぼでもインク入るで。もうこれでインク瓶十本目や」
「見てみ。あいつ真っ青になってる」
【一言】
枝 雀:けどね、これも、ひょっとしたらそんなことがおこるんじゃないかナ……てな気にさせまっしゃろ。そこに「緊張」が残りまんねで。あのスポイト式の万年筆でインク吸いあげたことおまっしゃろ。
小佐田(定雄):私はカートリッジしか使いません。
枝 雀:話のしにくい人やなァ。まァ、人がやってんでもよろしいわ。一生懸命入れてんの見てたら、あれひょっとしたら体に通じてんのとちがうかと思えることがおますわね。リアリティがおまンがな。
小佐田:けったいなリアリティですなァ。
枝 雀:ナンセンスとは紙一重ですわ。
【蘊蓄】
「打曇の短冊巻のべて、万年筆を染もあへず、捨て身のと、五文字書付る折し」(『好色二代男』6−1)とあるのは、「まんねんふで」と読んで矢立てのこと。

犬(いぬ)
【粗筋】
「おっちゃん、そこのいてんか。日が陰るねんな……ちょっとのいてんか」
「おっ、今この犬物を言うたんと違うか……まさか、犬が物を言う訳ないわな」
「おっちゃァん……そこのいて言うてんね」
「うわっ、犬が物を言うとる」
「お父ちゃん、何さっきからワンワン言うてるの」
【薀蓄】
"Hey you. Get away, you're blocking the sun." 
"Am I crazy, or is that dog speaking? That can't be, dogs don't speak." 
"Hey, get away! You're blocking the sun." 
"Oh, my God! That dog is speaking." 
"Daddy! Why have you been standing there saying bow-wow bow-wow." 

定期券(ていきけん)
【粗筋】
「定期券や、誰が落しよったんやろ……名前が書いてないな……
駅に届けたろ……駅の名前も書いてないな……
ああ、これ落したのやなくてほかしよったんや。期限切れで捨てよったんやな
……期限も書いてないな……
……わし、これが何で定期券と分かったのやろう……」

【成立】
 以上全て桂枝雀(2)のSR(ショート落語)。枝雀の本名は前田達(とおる)。独特の風貌で人気を得た。若い頃に本格的な古典を身につけ、出て来ただけで笑ってもらえる噺家が理想と口にしながら、高座では動き回り、汗だくになり、着物を乱し、見苦しいと感じられることもしばしば。これを脱却した時に名人が生まれるという予感があったが、実現させずに世を去った。
 本文のような現代的小噺を創作し、SRと命名している。枕としてはかなり前から演じていたが、まとまったものとしては、東京ではNHKテレビの「花の落語家大討論」で披露し、その後こうした噺だけを並べて一席とすることも多くなった。「スビバセンネおじさん」も同系列の小噺集。自作が多いが一般公募した作品もあるとのこと。
 「SR」について、立川談志の「SFのSなの」という問いに、「ショート落語くらいの意味です」と答えている。

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