穴釣り三次(あなつりさんじ)

【粗筋】
   上
 紙問屋・甲州屋の一人娘お梅が奉公人の粂之助と深い仲になる。番頭は口うるさいが、主人は理解のある人で、粂之助をしばらく谷中長安寺で住職をしている粂之助の兄・玄道に預け、時期を見てどこかの養子にしてお梅の婿に迎えようという。粂之助はこうして寺に入ったが、お梅に話をする暇がなかった。お梅は粂之助がいる寺を聞き、店の金
30両を持ち出して家出をする。
 谷中にたどり着いた時には髪も乱れ、着物も汚れているが、誰が見てもいい所のお嬢様という姿。立ち寄った店で寺を尋ねるが分からない。店を出たお梅を男が追ってきて声を掛ける。粂之助と一緒に寺で修行をしているのが、時々抜け出して穴釣りをしているので、穴釣り三次というあだ名がついているという男。三次は今後のことを尋ねるふりをして、お梅はもちろん、粂之助も金を持っていることを確かめると、紐を出してお梅の後ろへ回る。さて、いかがありなりますか、引き続き申し上げます。

   
 粂之助のもとを一人の男が訪ねて来た。お梅が無理に結婚させられそうになって、家出をしたというのだ。金を持って一緒に来るよう伝えて男は帰る。残されたのはお梅の財布。これに金を入れて持って来いというのだな、と理解して粂之助は急いで準備をする。
 その頃、甲州屋ではお梅の絞殺死体が見つかって大騒ぎになる。番頭は粂之助が殺したのに違いないと言い出し、使いの者が粂之助を呼びに行く。ちょうど粂之助が金を持って出ようとしたところへ使いの者が出くわし、連れだって店へ戻る。番頭が自分を下手人と決め付けるので、腹が立った粂之助がつかみ掛かると、懐から財布を落としてしまう。お梅の財布に金が入っており、使いの者が行った時には高飛びしようとしていた、というので言い逃れは出来そうにない。
 粂之助は必死に経緯を説明、財布の中身の金額が違っていたのでようやく誤解は解けるが、怒ったのは兄である住職。元は武士だったが、長男である自分は僧侶となり、次男が放蕩の末行方不明、末の粂之助がしっかりしなければならない。
 これを聞いた粂之助が自害しようというところへ男が入って来た。今朝粂之助を迎えに来た男、おうめを殺した穴釣りの三次である。これこそ行方不明になった次男だったのである。まさか弟を訪ねるお梅を殺した上、弟までだまして絞め殺すつもりだったとは……三次は全てを告白し、死罪になって当然と奉行所に名乗って出る。
 さて、三次は死罪を許され島送りとなった。戻ってからは兄の元で仏道修行に励み、長安寺の住職になる。粂之助は甲州屋の養子となり、後を継ぐ。

【成立】
 三遊亭円朝作。「闇夜の梅」が本来の題名らしいが、「忍岡恋の釣穴」という題で円朝が演じていたという記録もある。古今亭志ん生(6)が粗筋の通り上下2席に分けて演じる。「上」で暗示された娘の運命が「下」では娘から一歩離れた観点から語られて行く。なかなか見事な演出。
 娘が殺され救いはないし、人間関係の意外性もさほどでもない。名乗り出た三次が番頭に毒づくところが、三次の改心の情も描いて聞きどころとなる。凶悪な犯人である三次が罪を軽くされることについて理由が説明されていないが、この場面がそれを見事に補っている。

【一言】
 噺自体が時代に合わなくなっているばかりか、聞いたあと味も悪い。無理して聞く必要はないと思う。(川戸貞吉)
 死んだお梅には悪いが、思いがけぬ犯人の正体や因縁、これが「面白い」のである。このホームページにも人情噺が多く登場するが、こうした因縁と救いのない世界は人情噺が側面的に持っているものである。「面白い」というのは笑うことばかりではない。ドラマでハラハラドキドキする、そうした面白さも落語は持っている。私はこの噺、案外気に入っている。

【蘊蓄】
 穴釣り……魚のひそんでいる穴などへ釣糸に付けた餌を差し込んで釣ること。ウナギ釣りなどに用いる。

【CD】
 
ポニー・キャニオン「志ん生名演集38」(PCCG-00314)我が家には同じメーカーで「志ん生名演集43」とあり、CD番号は(APC-51)と(DMPBC57)の2通り書かれています。ごめんなさい、何だか分かりません。

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